
叢書 | C☆NOVELS |
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出版社 | 中央公論社 |
発行日 | 1989/06/25 |
装幀 | 渡辺ぶんや |
内容紹介
はじめに
山田正紀によるサスペンス小説『謀殺の翼747』は、ハイジャックという犯罪行為を切り口に、世界規模の陰謀や人間模様が緻密に描かれたエンターテインメント作品です。作品の冒頭からいきなりボーイング747がハイジャックされるという衝撃的な展開で始まり、終盤にはアメリカ軍のE-4Bという国家緊急空中指揮機が姿を現すという壮大なスケールへと発展していきます。
本稿では、作品の概要と魅力、登場人物たちの人間模様、そして「謀殺」という言葉が示す深遠な陰謀について、読後の楽しみを損なわない範囲で徹底的に解説します。
1. 作品概要
1.1 あらすじ
作品は、中央航空の802便・ボーイング747が羽田空港を離陸した直後にハイジャックされるという場面からスタートします。犯人たちが要求するのは30億円相当のダイヤ。警察は当然ながら厳重に警戒し、ダイヤの受け渡し現場を強行突入するかどうかなども含めて慎重に対処します。ところが事件は当初の計画とは異なる方向へ転がっていき、結果的に犯人側はダイヤの受け渡しに成功。乗客たちを乗せたまま、ボーイング747は太平洋上へと向かってしまうのです。
この時点で、読者の興味は「犯人たちの最終目的は何なのか?」という一点に集中します。しかし、物語はさらに大きな転換点を迎えます。警察と犯人の攻防がクライマックスへ向かうかと思いきや、空に突如として現れるのがアメリカ軍の大型軍用機E-4B。これは核戦争の勃発などで地上司令部が壊滅した場合に、大統領をはじめとした重要人物を空中へ逃がし、そこから国家指令機能を確保する“空飛ぶ司令部”です。
なぜそんな軍事機が、ハイジャック犯の乗る中央航空802便に接近してくるのか――ここから先は陰謀の規模が一気に拡張し、読者は息をのむような展開を追うことになります。
1.2 タイトルに込められた意味
タイトルにある「謀殺」という言葉は、表面的には殺人や陰謀を暗示するものです。山田正紀が描く“謀殺”は、単に人を殺めることだけを目的としたものではなく、その裏に別の計画や狙い、あるいは国家的規模の意思が見え隠れします。747というジャンボ旅客機は大量の乗客を乗せられるという意味で“巨大な移動要塞”でもあり、そこに渦巻く事件が「謀殺」の名を冠するだけの壮大なスケールを伴っているのです。
2. あらすじ詳細と見どころ
2.1 ハイジャック事件の幕開け
冒頭からかなりスピーディーにハイジャックのシーンが描かれます。通常のハイジャック小説であれば、どのように乗客を脅し、どうやって要求を突きつけるか――そして警察・政府がどう動くか、犯人との交渉はどうなるのか、という部分に大きな焦点が置かれます。本作もその一連の流れを踏まえていますが、目的が単純な金銭要求に留まらないところが大きな特徴です。
犯人側が30億円のダイヤを要求し、それを受け渡す場面はある意味でクライマックスのように見えます。しかし、その後の展開を読むと、ダイヤの受け渡し自体が何か別の計画の一部であったかのようにも感じられる構成になっており、読者の想像をかきたてます。
2.2 30億円のダイヤと太平洋上の攻防
犯人たちはダイヤを要求し、それを手に入れた後もなお飛行機を解放しようとしません。通常のハイジャックであれば、犯人側が目的を達成したら人質を解放し、犯人自身が逃走する――という結末が考えられます。しかし、本作では747が太平洋上へと飛び去っていく。ここに、大掛かりな謀略があることが示唆されます。
この時点で、“ハイジャック犯は誰かの指示を受けているのか?” “本当に最終的な目的はダイヤだけなのか?” といった謎が浮かび上がり、読み手を先へ先へと引っ張っていくのです。
2.3 E-4Bの登場と陰謀の拡大
そして最大の見どころの一つが、E-4Bの登場です。核戦争など地上が壊滅的状況に陥ったときでも、空に指令塔を残して国家を維持しようというアメリカの軍事戦略が背景にあります。E-4Bは事前の周到な準備がなければ簡単に飛び回る機体ではないと推測されますが、それがなぜかこのハイジャックされたボーイング747の後方へと接近してくる。
この不気味さが作品全体に独特の緊迫感をもたらし、「ただのハイジャック事件ではない」という読後感を強烈に印象づけます。警察による捜査・制圧の範疇をはるかに超えた、国家規模の思惑が動いていることが、読者にははっきりと伝わるのです。
2.4 終盤まで張り巡らされた伏線
山田正紀の作品でよく見られる特徴として、序盤から丁寧に張りめぐらされた伏線が、終盤近くで一気に回収されるという手法があります。本作でも、ハイジャック犯たちの行動原理、警察の裏事情、さらにはE-4Bという巨大な軍事兵器の登場が、終盤にひとつの線でつながっていきます。
「CLA803便のすり替えに関する作戦があるのではないか」といった示唆や、犯人グループ内部の思惑の違いも含め、多層的に構成されたストーリーが魅力です。最初は“単なるハイジャックもの”かと思わせておいて、実はもっと大規模な陰謀が進行しているという流れが、この作品を単なる冒険小説に留まらせない大きな要因となっています。
3. 登場人物の魅力
3.1 ハイジャック犯・謎の組織
本作の犯人グループは、冒頭こそ典型的なハイジャック犯として描かれますが、その背後に謎の組織や国家的陰謀が潜んでいることが徐々に示唆されます。彼らはダイヤを要求しながらも、単なる金銭目的とは思えない動きを見せ、読者を混乱させる存在です。その計画性や周到さは、まさに「謀殺」のタイトルにふさわしい陰謀の息遣いを感じさせます。
3.2 乗客・乗員たちの心理と人間関係
大型旅客機には当然ながら多くの乗客が乗っており、一人ひとりに生活や思惑があります。ただし、本作では主要人物たち以外を過度にクローズアップすることはなく、物語の焦点がぶれないよう巧みに制御されています。 それでも、機内に取り残されてしまった人々の不安や恐怖、あるいは犯人たちに対する抵抗や諦念など、多様な心理状態がダイレクトに伝わってきます。山田正紀の筆致は登場人物を過度に感傷的に描くことなく、現実的な恐怖を感じさせるバランス感を保っているのが特徴です。
3.3 P国の三人と島村の友情
本作ではP国出身の三人組と主人公島村との友情や人間的なやり取りがさりげなく描かれ、それが物語に独特の温かみを与えています。派手なアクションや謀略だけでなく、ちょっとした会話や過去のエピソードによって人間関係の機微が表現されるのは、山田正紀作品の隠れた魅力の一つと言えるでしょう。
ハイジャックという極限状態下で、人々が見せる本音や友情には、読者の心を打つものがあります。
3.4 恵子を口説き続けるホセの軽妙さ
シリアス一辺倒になりがちな状況下で、ホセというキャラクターが島村を支える存在である恵子に言い寄り続ける姿は一種の“潤滑油”のようにも機能しています。まるで死と隣り合わせの状態なのに、どこか軽妙さを失わないホセの言動は、作品全体のメリハリを生み、読み手にクスリと笑わせる余裕を与えます。極限状態だからこそ引き立つ人間ドラマが、本作を単なる軍事サスペンスではなく、豊かな物語へと押し上げているのです。
4. 構成と文体の特徴
4.1 山田正紀作品としての特徴
山田正紀は多彩なジャンルを手掛ける作家ですが、とりわけ冒険小説やサスペンスで発揮されるスピード感と意表を突くプロット作りは定評があります。キャラクター同士の会話やアクションシーンはテンポが良く、一気に読み進められる反面、伏線の張り方は非常に緻密で、繰り返し読むことで新たな発見があるという特徴を持っています。
4.2 ハイジャック小説と冒険小説の融合
『謀殺の翼747』は、単なるハイジャックものに留まらず、軍事的要素や国家的陰謀など冒険小説的なスケール感を融合させています。山田正紀には他にもハイジャックを扱った短編「エアーポート・81」(『贋作ゲーム』収録)などがあり、ハイジャックの結末へ向かう過程の描写が巧みです。本作も“ストレートなハイジャック”から始まりながら、その先にひねりの効いた展開を持ってくるところが見事です。
4.3 「謀殺」の意味合い
同じく山田正紀作品の中には「謀殺」という言葉が付くものがほかにもありますが、『謀殺の翼747』はアクション要素を抑えめにしつつ、長い間謀略に焦点を当てる構成が特徴的だと言われます。終盤になってから一気に盛り上がる展開を迎え、最後にはきちんと決着がつくため、ストレスの少ない読後感が得られるのも大きな魅力です。
「謀殺」とは、単なる事件のトリガーではなく、物語全体を貫くキーワードとして機能しており、規模の大きな計画が徐々に姿を現していく緊張感を演出しています。
4.4 スケール感のある軍事要素
米軍のE-4Bが関与するという点だけでも本作が単なる犯罪ドラマでは終わらないことが分かります。E-4Bが何を目的にしているのか、ハイジャック犯たちの真の狙いは何なのか、といった疑問が“謀殺”の二文字をより奥深いものにしていきます。軍事的ディテールにもこだわりを感じさせる描写があり、大掛かりな陰謀の雰囲気をいっそう引き立てているのが見どころです。
5. 他のハイジャック作品との比較
5.1 「エアーポート・81」(『贋作ゲーム』収録)との関係
山田正紀は過去にも飛行機を舞台としたハイジャックものを書いています。「エアーポート・81」は短編作品ながら、非常に風変わりな筋立てで、終盤でガラリと展開が変わる点に衝撃を受けた読者も多かったようです。
本作『謀殺の翼747』は長編として、さらに壮大な陰謀を描き、E-4Bという軍事兵器まで登場させることで、スケールを拡大させています。短編と長編、それぞれの魅力を比較してみるのも面白いでしょう。
5.2 いわゆる“誘拐もの”との比較
ハイジャックは“空の誘拐”とも言われますが、犯人側のゴールは人質の身代金という場合が多いものです。本作も表面的には30億円のダイヤがターゲットとされていますが、あくまで本筋は国家的・国際的陰謀へとシフトしていきます。この点で、“誘拐もの”の文法を踏襲しながらも、はるかに大掛かりなテーマを取り込んでいるのが特筆すべき点です。
6. 読みどころ:意外性と緻密さ
6.1 背後に潜む計画の巧妙さ
物語を読み進めるうちに感じるのは、“最初から最後までが計画の一部だったのではないか”という感覚です。登場人物たちがそれぞれ持つ思惑や、別々のグループ間での裏切り、協力、そして思いもよらぬ方向から介入してくる軍事的要素が重層的に絡み合い、読者を飽きさせません。
ハイジャックされた旅客機と軍用機が接近するという危機的状況に加え、さらに複雑な策略が働いているという事実が、絶えず緊迫感を生み出します。
6.2 人情の機微にみる人間ドラマ
冒頭の若者とチャイヤイの別れ、P国の三人と島村の友情、そして恵子を口説き続けるホセの姿など、細部にわたって“人間らしさ”を感じさせる描写があるのも本作の魅力です。ときにシリアスに、ときにコミカルに、キャラクターの内面や人と人との関係性がきめ細かく描写されることで、読者は極限状態に置かれた人々の心情をより深く理解できるようになっています。
山田正紀はアクションと冒険の狭間にある人間ドラマを描くのが非常に上手く、本作でも陰謀や軍事要素と同じくらい、登場人物の感情や行動のリアリティに重きが置かれています。
6.3 練り込まれたディテールの妙
比較的短いページ数(他の長編作品に比べればの意味)にもかかわらず、驚くほど多くの要素が詰め込まれています。特に飛行機内部の描写や、軍事的背景、警察や犯人のやり取りなど、どれもがリアリティを持って描写されており、読むほどに物語の世界に没入できます。
山田正紀の筆致は、ひとつひとつのモチーフを活かしつつ、あらゆる登場人物の行動に意味を持たせるという点で非常に緻密です。その積み重ねが終盤のクライマックスに向けた大きなうねりとなって表れます。
7. まとめ
7.1 エンターテインメントと社会性の融合
『謀殺の翼747』は、ハイジャックというスリリングな犯罪ドラマに留まらず、軍事・国家的陰謀、そして個人の友情や人情といった要素を多角的に取り込んでいます。その結果、読者はエンターテインメントとしての面白さを味わいながら、人間の心理や国家というシステムの脆弱性についても考えさせられる仕組みになっているのです。
7.2 一気読み必至の要素
本作の醍醐味は何といっても、序盤から終盤に至るまで絶え間なく続くサスペンスと、最後に明かされる壮大な陰謀です。「謀殺と銘打たれている通り、ただの事件解決では済まされない大きな仕掛けがあり、その全貌を知ったときのカタルシスが読者を満足させてくれます。
さらに、ホセやP国の三人とのさりげない交流など、読後に「あの場面が妙に記憶に残るな…」と思わせる場面も多いのが特徴です。
人間味あふれるドラマとハイテク軍事機の存在感が融け合ったクライマックスを、是非体験してみてください。
文庫・再刊情報

叢書 | 中公文庫 |
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出版社 | 中央公論社 |
発行日 | 1995/01/18 |
装幀 | 渡辺文也、藤田ツトム |