叢書 | 初版 |
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出版社 | 角川書店 |
発行日 | 1979/05/10 |
装幀 | 横尾忠則 |
内容紹介
時間の真実を問う、壮大なSFファンタジー
山田正紀の「チョウたちの時間」は、一人の少年の夏の思い出から始まる、時間をめぐる壮大な物語だ。ある夏の日、少年は図書館で出会った美しい少女から、一頭(匹)のチョウを手渡される。だがその背後には、人類の命運がかかった、〈時間〉をめぐる戦いが隠されていた。その鍵を握るのは、1930年代のヨーロッパを放浪する原子物理学者エットレ・マヨラナだ。吹き荒れるファシズムの嵐から逃れようとする彼は、どこへたどり着き、何を目にするのだろうか。
この物語の大きな特徴は、"時間"そのものを正面から扱っている点だ。我々にとって時間とは、過ぎ去ってゆくだけの曖昧な存在だが、この作品では時間粒子で満たされた"純粋時間"の青い世界として、鮮やかに描かれる。そこは我々の知る時間とは異なる次元の、神秘的な空間だ。そしてその世界で戦う者たちの姿も、躍動感をもって描写されている。
物語は、少年の視点と、マヨラナの視点の2つが交互に進んでゆく。少年は不思議な少女との出会いをきっかけに、次第に"時間"の秘密に触れてゆく。一方、天才物理学者マヨラナもまた、独自の時間理論を追求する中で、"純粋時間"の存在に気づいてゆく。2つの時代を超えて繋がってゆく物語は、次第にその全貌を現してゆくのだ。
作品の魅力は、難解なテーマをわかりやすく、そして詩的に描いている点だ。原子物理学者ボーアとハイゼンベルクの会談、ブラックホール生命体、"結晶時間都市"、"神殿"など、テーマを彩るモチーフも実に魅力的だ。そしてすべてを象徴するのが、チョウのモチーフである。儚くも美しい生き物は、時の流れの中を自由に舞い、物語に深い意味を与えている。
ハードSFでありながら、ファンタジックな雰囲気も併せ持つこの作品は、時間というテーマに新しい光を当てた意欲作と言えるだろう。我々は日々、時間に追われ、時に時間に翻弄されながら生きている。だが本当の時間の姿とは?私たちを超えた存在としての時間の真実とは?この小説は、そんな根源的な問いを投げかけてくる。
ラストシーンで描かれる、少年と"純粋時間"との邂逅は感動的だ。我々もまた、いつか"純粋時間"の青い世界に触れることができるのだろうか。そんな夢を抱かせてくれる一冊である。時間とは何か、人間とは何か。「チョウたちの時間」が問いかける"時間"の謎は、これからも多くの読者の心に残り続けることだろう。
文庫・再刊情報
叢書 | 角川文庫 |
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出版社 | 角川書店 |
発行日 | 1980/05/20 |
装幀 | 横尾忠則 |
叢書 | 徳間デュアル文庫 |
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出版社 | 徳間書店 |
発行日 | 2001/04/30 |
装幀 | 緒方剛志、高木信義、海老原秀幸 |