叢書 | 初版 |
---|---|
出版社 | 集英社 |
発行日 | 1984/06/25 |
装幀 | 上原 徹 |
内容紹介
南方の神秘に包まれた世界を舞台に、物語が重層的に交差する本作品は、メタフィクションの手法と象徴的モチーフを駆使し、現代文学における新たな地平を切り開いています。南海の文化的背景と神話的要素を取り入れたその物語性は、読者に文学の本質や物語行為の神聖さについて再考を促します。
文庫版解説の森下一仁氏が繰り返し書いておられますが、「少々とっつきにくい小説であるかもしれない」という思い込みはなくしてほしい、ということは私も改めて強調したい。
読み出す時に少し身構えていたのですが、その不安も結論を言ってしまえば、全くの杞憂でしかなかったのです。読み進めるうちにあれよあれよとページを繰っている自分がいました。読み終えた時の、静謐な感覚と満足感。数十年前のことですが、今でもよく覚えています。やはり、山田正紀は文章(小説)が上手い。
このうまさで印象に残っているのは、本作と、
- 「神狩り」のデモの学生たちに取り囲まれている状況で、コンピューターで古代文字を分析する件 (「ゴッドファーザー PART II」のキューバ・ハバナからの脱出行の件の緊迫感と同じ感覚を味わえた---調べてみたら発行年と日本公開年が同じ1975年だった。どちらを先に体験したのかは覚えていない)
- 「神獣聖戦 I」の『幻想の誕生』
- 「宿命の女」の『第五章 幻想のウィーン』
- 「天正マクベス」
導入
南海を舞台にした本作品は、物語の奥深い多層構造と、神話的要素が織り交ぜられた独特の文学作品です。南方の神秘的な文化背景が、この作品全体に豊かな色彩を与え、読者は神話の世界へと引き込まれていきます。南海の文化には、豊かな自然と神々の伝承が息づいており、古くから物語や神話が重要な役割を果たしてきました。この作品も、そうした南方神話の影響を受け、物語自体が自己再生し、変容し続ける様子が描かれています。
スペキュレイティブ・フィクションとしての本作は、単なるストーリーテリングを超えて、物語そのものの在り方や、語り手と聞き手の関係を問い直す実験的な試みでもあります。物語が「語られる」ことで現れる力や、物語が内包する神聖さが、読者に深い印象を残すと同時に、南方の神話的世界と強く結びついています。
この導入部分では、作品の背景とその核心にあるテーマを概観しましたが、続いてはその技法面に焦点を当てて解説します。本作品がどのような手法でメタフィクション的な構造や象徴的表現を用い、物語を重層的に編み上げているかを探っていきます。
技法分析
メタフィクション構造の解説
本作品の特徴的な技法の一つが、メタフィクションの構造です。メタフィクションとは、物語が自らのフィクション性を意識し、物語の中で「物語であること」を自覚する手法を指します。この作品では、語り手が読者に直接語りかけたり、物語の進行に対して意識的なコメントを挟んだりすることで、物語の世界と現実の境界を曖昧にしています。
特に南方の神話的要素が強く作用する場面では、物語そのものが一種の儀式として描かれており、物語の神聖さをメタフィクションを通じて表現しています。語り手が「語る」という行為自体が神聖な儀式とされ、その過程で物語が自己言及的に展開されるため、読者は物語と現実の二重構造の中に引き込まれます。
物語の入れ子構造分析
本作品のもう一つの重要な技法が「入れ子構造」です。入れ子構造とは、物語の中に別の物語が挿入され、それらが多層的に組み合わされる構造を指します。この作品では、主人公が語る物語の中に、さらに別の登場人物が異なる物語を語るという多層的な形式が取られています。
この入れ子構造は、南海の神話や伝承と共鳴するように設計されており、各階層の物語が相互に影響し合い、全体として一つの神話的世界を形成します。また、読者は物語を読み進めるごとに、現実と虚構の境界が徐々に崩れていく感覚を味わいます。入れ子構造によって、物語の終わりが物語の始まりへと戻るような円環構造が生み出され、無限に続く神話的な時間が表現されています。
章間の相互影響関係
この作品では、各章が独立しているようでいて、実は密接に関連し合っています。一つの章で語られた出来事やモチーフが、別の章で異なる形で再現されるなど、章間の相互影響関係が巧妙に設計されています。この手法により、各章が単なるエピソードの集まりにとどまらず、全体として統一されたテーマやメッセージを持つ一つの大きな物語として機能しています。
章ごとの相互関係は、南海の神話における「循環」や「再生」のテーマと深く結びついており、特定の出来事が繰り返されることによって、物語が永遠に続く神話的な円環構造を示唆しています。この相互影響関係は、読者に対して物語がどのようにして自己再生するのか、そしてそれが南海の神話的な世界観とどのように結びついているのかを強調しています。
象徴表現の分析
作品全体に散りばめられた象徴表現もまた、物語の深層的な意味を引き出すために重要な役割を果たしています。特に南海の自然や神話的な存在が象徴として多用され、物語の舞台となる世界に神秘的な雰囲気をもたらしています。たとえば、海や風、動物などが象徴的に登場し、それぞれが物語のテーマや登場人物の内面を反映しています。
こうした象徴表現は、物語における「聖なるもの」と「語られることの神聖さ」を強調するための重要な要素です。読者にとって、物語の中の象徴が意味するものを解き明かす過程は、まさに南海の神話的世界への旅そのものであり、物語の背後にある普遍的なテーマや哲学的問いに迫る手助けとなります。
各章の解説
各章の技法的特徴
このセクションでは、各章ごとの技法的特徴を掘り下げます。それぞれの章は独自の視点や語り方を持ち、物語が異なる角度から描かれています。また、各章で取り上げられる象徴やモチーフも異なり、章ごとに異なる側面が強調されています。
第一夜 豚の王:出発と未知への誘い
第1章では、南海の神秘的な風景とともに、物語の舞台が描かれます。物語は旅の始まりとして、未知への期待感とともに語られ、読者を作品世界へと引き込みます。語り手の視点はここでは比較的外的であり、神話的な世界観への導入として機能しています。
第二夜 海蛇の王:自己の内面と出会い
第2章では、物語がより内面的な展開を見せ、主人公の内なる葛藤や疑問が中心に据えられます。この章では、心理的な描写とともに象徴的なモチーフが多用され、主人公が神話的な存在と接触することで、自己認識が変容する様子が描かれています。
第三夜 夢の王:再会と回帰
第3章では、物語が再び外的な世界に戻り、初めの章で登場したモチーフが再登場します。物語が循環する性質が強調され、読者は再び出発点に戻るような感覚を味わいます。
総合考察 技法的革新性
作品全体を通じて、メタフィクションや入れ子構造、象徴表現といった技法が駆使され、物語の深層に潜むテーマが巧みに描かれています。
エンターテインメント性との両立
技法面の複雑さに加えて、エンターテインメント性も維持されている点が本作の魅力です。
現代文学における位置づけ
この作品は、現代文学において物語の在り方に新たな視点を提供し、物語の神聖性や語りの力を再評価させる斬新な試みといえます。
文庫・再刊情報
叢書 | 集英社文庫 |
---|---|
出版社 | 集英社 |
発行日 | 1988/11/25 |
装幀 | 佐竹美保 |