竜の眠る浜辺

叢書初版
出版社双葉社
発行日1979/05/15
装幀山田維史

内容紹介

時を超えた冒険が始まる

湘南の小さな町、百合ヶ浜。ここは何もかもが停滞した平穏で退屈な場所だった。しかし、ある夏の日、町全体を変える出来事が起こる。突如として町は奇妙な霧に包まれ、外部との連絡が途絶える。雑木林には古代のシダが生え、空にはテラノドンが舞い、ティラノサウルスまでが闊歩するようになった。一体、町は白亜紀にタイムスリップしたのか?この大混乱の中、住民たちは事態に対応すべく奮戦する。

不思議な霧と古代の生物がもたらす冒険

この物語の魅力は、何と言ってもそのユニークな設定にあります。日常とはかけ離れた状況に置かれた百合ヶ浜の住民たちは、未知の状況に直面しながらも、それぞれが内に秘めた力を発揮し始めます。山田正紀は、この極限状態を通じて、人間の逞しさや成長を描き出しています。

ユーモラスな筆致で描かれる人間ドラマ

山田正紀は、この一見シリアスな設定を、ユーモラスで軽妙な筆致で描き出しています。読者は、物語を通じて不安や恐怖だけでなく、笑いや温かみを感じることができます。このバランスの取れた表現が、「竜の眠る浜辺」をただのSF作品ではなく、深い人間ドラマを含んだ冒険小説へと昇華させています。

主人公の直巳は、やり手の父・直吉に支配され、自分の人生に無気力な青年として登場する。しかし、この異常事態を通して、彼は自分の無気力さと向き合い、自分自身の力で生きていくことを学んでいく。直巳の成長は、この物語の重要なテーマの一つであり、読者は彼の姿を通して、自分自身の人生や生き方について考えるきっかけを与えられるだろう。

そのほかにも個性豊かで魅力的なキャラクターたちが多数登場する。中でも、タバコ屋のシズ婆さんと文筆家の田代は、物語のキーパーソン的な存在である。シズ婆さんは、一見するとただの偏屈な老婆だが、その正体は謎に包まれており、物語が進むにつれて、彼女が持つ秘密が明らかになっていく。一方、田代は変わり者で怠け者の文筆家だが、異常事態の中で意外な活躍を見せる。この二人をはじめとした、百合ヶ浜の住民たちが、それぞれの方法で異常事態に立ち向かい、自分らしい生き方を見つめ直していく姿は、読者に深い感動を与える。

白亜紀の生物との出会い

白亜紀の生物との直接的な遭遇は、物語にスリルと興奮を加えます。ティラノサウルスやテラノドンといった恐竜たちが現代の町を闊歩する様子は、読者の想像力をかき立てます。これらの描写は、物語に対する没入感を深め、読者を古代へのタイムトラベルへと誘います。

結論として

「竜の眠る浜辺」は、異常事態を糧として成長していく人々の姿を描いた、ユーモラスでドラマティックな冒険小説である。SF的な設定を巧みに使いながら、人間ドラマに焦点を当てた山田正紀の筆致は見事で、読者を作品の世界観に引き込む力がある。

この物語は、単なるSF冒険小説としてだけでなく、登場人物たちのビルドゥングス・ロマンとしても読み応えがある。異常事態をチャンスと捉え、新たな一歩を踏み出そうとする彼らの姿は、ある種青春小説としても読めるだろう。

文庫・再刊情報

叢書FUTABA NOVELS
出版社双葉社
発行日1983/06/05
装幀 天野嘉孝、菊地信義+岸顕樹郎
叢書徳間文庫
出版社徳間書店
発行日1986/11/15
装幀 佐竹美保、矢島高光
叢書ハルキ文庫
出版社角川春樹事務所
発行日1998/11/18
装幀 三浦均、芦澤泰偉、門坂流
叢書冒険の森へ 傑作小説大全8「歪んだ時間」に収録
出版社集英社
発行日2015/10/10
装幀 菊地信義、小山進