
叢書 | 初版 |
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出版社 | 集英社 |
発行日 | 2005/03/30 |
装幀 | 大路浩実 |
内容紹介
人間の闇と救いを巡る狂気の旅
すべては、雨の夜のカラオケボックスで発見された女性の死体から始まります。駆けつけた若き刑事、群生蔚(むろう・しげる)は、そこで額に銃痕のある被害者、相楽霧子の幽霊と出会うのです。幻影か、あるいは本物の幽霊か。彼女の後を追うようにバスに乗り込んだ群生に、霧子の幽霊は衝撃的な言葉を告げます。
「このバスは転落するの。でもいい人間だけは助かる。そんな人間いるかしら。賭けてみようか」
この言葉を合図に、バスに乗り合わせた乗客たちの人生と思念が、次々と群生の脳裏に流れ込んできます。一見、平凡で善良に見える人々が抱える、隠された罪と狂気、そして出口のない絶望が露わになっていくのです。物語は、この乗客たちそれぞれの独立したエピソードが積み重ねられる形で進行します。それはあたかも、それぞれの「短編」を読み進めているかのようです。
しかし、山田正紀氏はそこで終わらせません。これらの「短編」が積み重なるにつれて、物語は一つの大きなうねりとなり、終盤にかけて驚くべき展開を見せます。現実と幻想の境目が曖昧になり、何が真実で何がそうでないのか、読者は深い霧の中をさまようことになります。
本作の大きな特徴の一つは、その形容し難いジャンル性でしょう。ベースにあるのはホラー・サスペンスですが、乗客たちのエピソードには犯罪小説やサイコサスペンスの要素が色濃く現れます。さらに、非現実的な設定や展開からはSFやダークファンタジーの雰囲気も漂い、生者と死者、現実と幻の交錯はまさにこの作品ならではの異様な世界観を構築しています。当サイトでは、とりあえずサスペンスに分類しておきます。
本作のタイトル「ロシアン・ルーレット」は、回転式拳銃に装填された一発の弾丸がいつ発射されるか分からない死のゲームを指します。これになぞらえれば、物語の各エピソード(乗客たちの秘めた物語)は銃のシリンダーに込められた“弾丸”であり、最後まで読み進めることで初めてどの「弾丸」が発射され誰が生き残るのか(あるいは全員撃ち抜かれてしまうのか)という緊張感が味わえる構造になっていると言えるでしょう。
読書メーターのレビューでは、本作を 「ホラーやサスペンスというより狂気小説という方がしっくりくるような作品」 と評し、 「物語も危うい雰囲気でグラグラと進んでいく」 とその不安定な描写に言及しています。
読書メーター
また、「黄金の羊毛亭」では、 「ホラーに分類するのが妥当なのかもしれませんが、SFや(ダーク)ファンタジーのようでもあり、時に犯罪小説やサイコサスペンス、さらにはラブストーリーの様相をも呈するという、何とも形容し難い作品です。」 と述べ、そのジャンルミックスぶりを指摘しています。
黄金の羊毛亭
物語を貫くのは、「この世に『いい人間』はいるのか?」という、いかにも山田正紀氏らしい、ある種挑戦的な問いです。乗客たちのエピソードで描かれる人間の業やエゴイズム、狂気は、この問いかけに対して容赦のない答えを突きつけます。それは『弥勒戦争』などで見られた山田氏のシニカルな人間観とも通じるところがあるかもしれません。しかし、主人公である群生は、そんな中でも「いい人間」の存在を求めようとします。この主人公の姿勢が、救いのなさに満ちた物語にわずかな光を差し込ませているようにも見えます。
ミステリ情報サイト「ミスナビ」の感想では、 「一見善良そうな人が、実は暗い過去を抱えていることが次々に明らかになります。この世には善人なんていないのだ、というシニカルな現実は山田“風太郎”がよく書きそうな内容だと思いました。」 と、人間の内面に潜む闇を描く巧みさに触れています。
ミスナビ
物語は、乗客たちのエピソードを経て、キーパーソンである相楽霧子の物語へと深く切り込んでいきます。そしてそこから先は、まさに怒涛の展開です。ミステリの要素も顔を出し、予測不能なラストへと向かいます。
「ミステリの祭典」のレビューは、この終盤の展開について 「連作は語り手である群生本人が秘めるとてつもない闇に向かって突進する。」 と述べ、さらに 「語り手という存在そのものが秘める恐怖を露呈させた、高度に実験的にして極度に娯楽的ホラー・サスペンスといってよい。」 と、作品の構造とテーマの両面から高く評価しています。
ミステリの祭典
総評
『ロシアン・ルーレット』は、山田正紀という作家の尽きることのない探求心と、それをエンターテインメントとして結実させる手腕が見事に発揮された作品です。現実と幻想を自在に行き来する筆致、人間の内奥に巣食う狂気や罪を赤裸々に描き出す鋭さ、そして読者の予測を鮮やかに裏切る構成力は、まさに山田正紀氏ならではと言えるでしょう。
救いのない描写の連続に息苦しさを感じる瞬間もあるかもしれません。しかし、その先に待ち受ける驚愕の展開と、混沌の中から浮かび上がる「真実」は、読後も強烈な印象を残します。「人間とは何か」「真実とは何か」といった根源的な問いを、極限状況の中で突きつけられるような読書体験です。
狂気とジャンルミックスの嵐をかいくぐり、山田正紀の新たな世界に触れたい読書家には、ぜひ手に取っていただきたい一冊です。これは、エンターテインメントの枠を「溶かし」ながらも、確かな読み応えと深い問いを残す、紛れもない傑作です。
最後に、刑事・群生蔚が見る乗客たちの人生は、そのまま現代社会の人々の抱える闇の象徴だと言えるでしょう。物語は読者に問いかけます。私たちは果たしてこのバスに乗っていないと言い切れるのか、と。
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