
叢書 | 幻冬舎ノベルス |
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出版社 | 幻冬舎 |
発行日 | 1997/12/05 |
装幀 | 田渕裕一、高橋雅之 |
内容紹介
消失トリックの迷宮と論理のパズル
山田正紀の「阿弥陀」は、1997年に幻冬舎ノベルスから刊行され、2000年に幻冬舎文庫として再登場した長編ミステリー小説だ。物語は、ビルの15階にある保険会社で働く今村茂とその交際相手の中井芳子が残業を終え、エレベーターで1階に降りた直後の出来事から始まる。芳子が「忘れ物をしてきた」と言い残し、再びエレベーターに乗り込んだ後、忽然と姿を消してしまう。監視カメラが捉えた彼女の姿はエレベーターに乗るまでで、その後の足取りは一切不明。ビルの出入り口には警備員が、地下駐車場にはオーナーがいて外部への脱出は不可能な状況下で、彼女はどこへ消えたのか? このシンプルながら強烈な「人間消失」という謎を軸に、論理的かつ執拗な推理が展開される本格ミステリーの傑作である。
物語の探偵役を務めるのは、新聞配達のアルバイトをしながら鋭い洞察力を発揮する風水火那子。彼女は警備員の檜山や同僚の倉本とともに、ビル全体を覆う「巨大な密室」の謎に挑む。風水火那子は、山田正紀の他作品『螺旋(スパイラル)』に登場する探偵・風水林太郎の腹違いの妹という設定で、兄とは対照的な明晰な論理思考と爽やかなキャラクターが魅力だ。彼女が次々と提示する仮説は、いずれも説得力を持ちつつも自ら否定され、新たな疑問を生み出す。このプロセスは、まさにタイトル「阿弥陀」が示す「あみだくじ」のように、起点から複数の道をたどりながら真相に迫っていく展開を象徴している。
本作の最大の魅力は、シンプルな謎を多角的に解体し、読者を推理の迷路へと誘う構成にある。例えば、監視カメラの映像に映る白いワゴン車や、エレベーターに落ちていた新聞紙、さらには忘れ物として登場する「たまごっち」といった手がかりが、仮説と否定の連鎖の中で巧みに活用される。こうした試行錯誤は、英国のミステリー作家コリン・デクスターのスタイルを彷彿とさせ、純粋なパズラーとしての楽しさを際立たせている。また、ビル内に潜む怪しげな住人たちの正体が推理の過程で徐々に明らかになる点も見逃せない。胡散臭い教祖や銀行の騒音といった副次的な事件が絡み合い、物語に広がりと意外性をもたらしている。
ただし、真相については意見が分かれるところだ。読書メーターの感想では、「消失の真相自体は少々拍子抜け」「なぜそれに気付かないのか」との声もあり、派手な大トリックを期待すると肩透かしを感じるかもしれない(読書メーター)。一方で、ミスナビのレビューでは「外れた推理で重大事件が明らかになり、肝心の真相が粋な構成」と評価されており、この試行錯誤の過程こそが本作の醍醐味と捉える向きもある(ミスナビ)。確かに、結末に至るまでの畳みかけるような仮説の応酬は、パズルゲームのような中毒性があり、ミステリファンを引き込む力がある。
山田正紀のミステリー作品としては、『妖鳥(ハルピュイア)』や『螺旋(スパイラル)』のような幻想的・伝奇的な要素は抑えられ、純粋なロジックに焦点を当てた作風が際立つ。前述のミスナビの感想でも「余計な人物背景ドラマや薀蓄をそぎ落としたソリッドなトリックと解明」と評されるように、ストーリーテリングの無駄のなさが光る(ミスナビ)。また、警備員・檜山のユーモラスな視点や、風水火那子の「男心が分からない」ゆえのトンチンカンな推理が織り交ぜられ、硬派な本格物に軽妙な息抜きを与えている点も特筆すべきだ。
総じて、「阿弥陀」は本格ミステリーの王道を歩みつつ、読者を翻弄するパズルの楽しさを存分に味わえる作品だ。派手さはないものの、論理の積み重ねとその裏に隠された人間模様が織りなす奥行きは、山田正紀のミステリ作家としての技量を証明している。ミステリ初心者からパズラー愛好者まで、幅広い読者に薦められる一冊である。
参照した参考文章
文庫・再刊情報

叢書 | 幻冬舎文庫 |
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出版社 | 幻冬舎 |
発行日 | 2000/10/25 |
装幀 | 藤田新策 |