神獣聖戦 Perfect Edition

叢書初版
出版社徳間書店
発行日2008/10/31
装幀山田日南子、岩郷重力+WONDER WORKZ。

内容紹介

山田正紀が描く多層的現実と幻想の終末

深淵なる終末世界への誘い

山田正紀の代表作の一つ、『神獣聖戦』が『神獣聖戦 Perfect Edition』として蘇った。旧シリーズから大幅な加筆修正、再構成を経て、より深淵で、より多層的な世界観を構築している。本書は、単なるリメイクではなく、旧作の断片を新たな物語の潮流に組み込み、進化させた全く新しい作品と言えるだろう。

Perfect Editionは、旧版の複数の中短編を内包しながら、関口真理と牧村孝二を中心とした新たな物語を軸に展開される。この構成により、読者は複数の現実が同時進行しているかのような、独特の読後感に襲われる。まるでエッシャーの絵画のように、現実と幻想が反転し、交錯する。チェルノブイリ原発事故、ニーチェの永劫回帰、量子力学の多世界解釈といった多様なモチーフが散りばめられ、作品世界をより重層的に彩っている。

旧版からの進化:崩壊と再生の物語

旧版『神獣聖戦』は、「非対称航行」という超光速航法を巡る物語を骨子としていた。人類は、この航法を実現するために鏡人(狂人)へと変貌を遂げ、地球には幻想生命体が跋扈する。Perfect Editionでは、この基本設定は受け継ぎつつも、物語の構造、登場人物の内面描写、そして結末に至るまで、大幅な改変が加えられている。

最も大きな変更点は、物語の中心に据えられた「新たな物語」の存在だ。旧版では断片的に語られていた関口真理と牧村孝二の物語が、Perfect Editionでは詳細に描かれ、物語全体の軸となっている。聖ニーチェ病院という閉鎖的な空間で、心理検査士として働く真理と、チェルノブイリで実験を行っていた物理学者、牧村孝二。二人の出会いは、非対称航行が生み出した歪み、そして人類の終末へと繋がる物語の幕開けとなる。

また、旧版では独立した短編であった各エピソードが、Perfect Editionでは新たな物語と有機的に繋がる構造となっている。ニーチェの永劫回帰量子力学の多世界解釈といった概念が、各エピソードを異なる現実の断片として位置づけ、物語全体の多層性を際立たせている。

各エピソード概要と解説:多層的現実の断片
ネコと蜘蛛のゲーム
渋谷のスクランブル交差点、エッシャーの絵画、遺伝子型空間。現実と幻想の境界が曖昧になる中、真理と鏡人の物語が交錯する。本編のプロローグであり、Perfect Edition全体の象徴的なエピソード。
聖ニーチェ病院、心理検査士、チェルノブイリ解釈、神獣聖崩壊病
真理が聖ニーチェ病院で牧村孝二と出会うまでの物語。日常の中に潜む幻想、そして神獣聖崩壊病という新たな病魔。現実的な描写の中に、非現実的な要素が巧妙に織り込まれている。
怪物の消えた海
非対称航行の影響で自転速度が遅くなった地球。原始的な幻想と人間の渇望が交錯する、滅びゆく世界を描いた一篇。ニーチェの永劫回帰と収斂進化という概念が、幻想世界の背景をより深遠にしている。
幻想の誕生
根室半島沖の荒涼島で、幻想生命体が誕生する過程を描いた物語。静謐な描写の中に、生命誕生の神秘と終末世界の悲哀が込められている。
円空大奔走
江戸時代の蝦夷地を舞台に、円空上人と幻想世界の住人との出会いを描いた異色作。千年戦争の影響が時空を超えて及ぶ様子が描かれ、円空上人の孤独と迷いが印象的。
交差点の恋人
マリとネコが脳内を旅する、幻想的な物語。神経細胞や物質が擬人化され、脳内世界を独自の解釈で描いている。旧版の冒頭部分を削除し、Perfect Editionでは新たな意味合いが付与されている。
ころがせ、樽
月都市を舞台に、悪魔憑き達が非対称航行の発着基地へと向かう物語。寄せ集めのチームが織りなす、山田正紀らしい冒険活劇。
渚の恋人
弟の透と共に鎌倉を訪れた真理が、牧村孝二と出会う物語。二人のもう一つの出会いが描かれ、関口透の複雑な心情が印象的。
時間牢に繋がれて
千年戦争の中立地帯「永遠の三角形」で起こる殺人事件を描いた幻想ミステリ。時間剥製者という存在、そして幻想に満ちた世界観が魅力。
見知らぬ駅に迷い込んだ主人公が体験する不思議な出来事を描いた一篇。SF要素は薄いが、幻想的な雰囲気と軽妙なタッチが特徴。
硫黄の底
自殺しようとした若者が、戦場に迷い込み、悪魔憑きと共に大いなる疲労の告知者に挑む物語。壮絶な結末と衝撃的なラストが読後感を支配する。
鯨夢!鯨夢!
湘南症候群という謎の病と、変貌する世界を描いた一篇。人類の無力さと終末世界の混沌が印象的に描かれている。
落日の恋人
牧村孝二を巡る米ソの争いが終結し、真理たちが孝二を奪還する物語。猫のツァラトゥストラの活躍、そして登場人物たちの幕引きが印象的。
ディープ・サウンド・チャンネル
二十年後の世界を舞台に、荒涼島に隠された秘密に迫る物語。旧版にはなかった新たな結末であり、Perfect Editionの集大成と言える。
まとめ:終末世界への深淵なる探求

『神獣聖戦 Perfect Edition』は、単なる再編集版ではなく、旧版の要素を新たな解釈で再構築し、進化させた作品である。多層的な現実、幻想と現実の交錯、そして終末世界における人間の在り方。山田正紀の深淵なる想像力は、読者を終末世界へと誘い、深い思索へと導く。旧版を読んだ読者も、初めて触れる読者も、その圧倒的な世界観に魅了されることだろう。

文庫・再刊情報

叢書徳間文庫
出版社徳間書店
発行日2011/07/15
装幀 岩郷重力+WONDER WORKZ。