早春賦

叢書初版
出版社角川書店
発行日2006/01/30
装幀水口理恵子、角川書店装丁室

内容紹介

運命に翻弄される若者たちの成長物語

江戸時代初期、徳川家康の治世下の八王子を舞台にした山田正紀の「早春賦」は、歴史的事件を背景に青春の輝きと苦悩を描いた作品です。大久保長安の死をきっかけに生じた政治的対立が、幼なじみだった少年たちを敵味方に分け、彼らの成長と友情の物語を描く本格時代小説です。

山田正紀は伝奇小説やSF的要素を取り入れた時代小説を多く手がけてきた作家として知られていますが、「早春賦」では純粋な時代小説として描かれており、その意味で異色の一作となっています。

作品の舞台と背景

舞台は1613年(慶長18年)の八王子。主人公・風一は八王子で「千人同心」と呼ばれる半士半農の郷士の家に生まれた17歳の少年です。千人同心とは、元々は武田家の家臣だった武士たちが、織田信長、徳川家康の支配下となった後も八王子に残り、幕府に仕える郷士集団となったものです。

物語は八王子総奉行・大久保長安の死から始まります。大久保長安は徳川家康の重臣で、全国の金山開発によって幕府の財政を支えるとともに、自らも巨万の富を築いた人物でした。その死後、幕府は長安の莫大な財産に目をつけ、長安の一族郎党に死罪を言い渡します。これにより、長安の直轄家臣団「岩見衆」と千人同心との間に対立が生じることとなります。

ストーリー概要

物語は岩見衆と千人同心の対立から始まります。徹底抗戦を決意する岩見衆に対し、千人同心はそれに同調せず、やがて千人同心側の多くの重鎮が惨殺される事件が発生します。主人公・風一の父も殺害され、千人同心たちは幕府への忠誠を示すために八王子城に立てこもった岩見衆の掃討を命じられます。

風一は幼なじみの山坊や林牙とともに城攻めに加わりますが、その前に立ちはだかったのは、同じく幼なじみの火蔵と火拾の兄弟でした。彼らは岩見衆側につき、風一たちと敵対することになります。かつての友人同士が敵と味方に分かれ、それぞれの立場で戦わざるを得ない状況が生まれるのです。

物語の中心となるのは、風一、山坊、林牙の3人組による八王子城の潜入作戦です。八王子城は「八王死」とも呼ばれる堅城で、正面からの攻略は困難でした。そこで少年たちに与えられた任務は、城の守りの要となる部分を破壊することです。この任務遂行の過程で、彼らは火蔵・火拾兄弟との対決を余儀なくされます。

登場人物

  • 風一:17歳、千人同心の家に生まれた主人公。
  • 山坊:風一の幼なじみで、千人同心側につく。
  • 林牙:風一の幼なじみで、千人同心側につく。
  • 火蔵:風一たちの幼なじみだが、岩見衆側につく。
  • 火拾:火蔵の弟で14歳、岩見衆側につく。
  • きぬ:風一が思いを寄せる少女。

作品の特徴

1. 純粋な時代小説としての側面

「早春賦」は山田正紀の作品としては珍しく、伝奇的要素やSF的な要素を含まない純粋な時代小説です。武田家の歴史や八王子の地理、当時の生活などが丁寧に描かれ、史実に基づいた世界観が構築されています。

2. 青春群像劇としての側面

本作は17歳前後の少年たちを中心に据えた青春群像劇でもあります。彼らは大人たちの争いに巻き込まれながらも、それぞれの立場で成長していく姿が描かれています。

「蚕の成長になぞらえて、少年たちが激動の中で急速に成熟していく」
(参考:黄金の羊毛亭

3. ミッション・インポッシブル型の展開

物語の後半では、風一たちによる八王子城への潜入作戦が描かれ、「ミッション・インポッシブル」型の展開となります。

八王子城攻めにおいて主人公の風一ら少年たちが担った特殊な任務に焦点が当てられた、傑作『火神を盗め』を思わせる“ミッション・インポッシブル”型の物語となっている(参考:黄金の羊毛亭

4. 友情と対立のテーマ

幼なじみ同士の対立が、本作最大のテーマの一つです。個人的な恨みではなく、それぞれの立場から行動する彼らの姿が胸を打ちます。

5. 戦略と知性の重視

本作では、戦闘よりも知略と策謀が重要視されています。

「科学的に正しい時代考証を基に、リアルな戦闘と暮らしを描写している」(参考:オッド・リーダーの読感

作品評価

  • リアリティのある時代設定
  • 純粋な少年たちの生き様
  • 読後感の良さ

一方で、山田正紀らしい「感情移入しにくい」冷静な文体も指摘されています。しかし、それすらも作家の個性として受け入れられています。

まとめ

山田正紀の「早春賦」は、徳川時代初期の八王子を舞台に、友情と成長を描き出した珠玉の時代小説です。伝奇やSF色のない、純粋な成長物語として、時代小説ファンのみならず、多くの読者に感動を与える作品です。

参考文献

文庫・再刊情報

叢書徳間文庫(徳間文庫創刊30周年記念作品)
出版社角川書店
発行日2009/03/25
装幀 浅野隆広、都甲玲子(角川書店装丁室)

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

This site uses Akismet to reduce spam. Learn how your comment data is processed.