物体X

叢書ハヤカワ文庫
出版社早川書房
発行日1986/09/15
装幀佐藤道明

収録作品

    • 物体X
    • 暗い大陸
    • 見えない人間

内容紹介

50~70年代SF映画と文学へのオマージュ

山田正紀の『物体X』は、3つの独立した中編で構成されたSF文学の傑作です。作者自らが語る通り、50年代から70年代にかけてのSF作品や映画の影響が色濃く反映されており、現代でも高く評価されています。本記事では『物体X』の概要を解説し、それぞれの短編の魅力や元ネタを考察します。

1. 「物体X」

あらすじ

主人公の七夜美奈子は、北方領土の海域で取材中に奇怪な事件に巻き込まれます。ソ連の油槽船に遭難し、死体が操る謎の生物「物体X」と対峙するサバイバルが展開。孤立無援の環境で疑心暗鬼に陥る人間たちと、怪物との戦いが描かれます。

元ネタと考察

この物語の元ネタは明らかにジョン・W・キャンベルの短編「影が行く」(映画『遊星よりの物体X』の原作)です。

ただし、山田正紀の描き方はより心理的で、異形の恐怖を強調しています。特に「疑心暗鬼」というテーマが深く掘り下げられ、読者をハラハラさせます。

魅力ポイント
  • 怪物の描写が「見えない恐怖」を強調。
  • 北方領土問題という社会的背景と絡め、現実味を持たせている。
  • 登場人物の心理描写が秀逸で、ゾンビ的な恐怖を文学的に昇華。

2. 「暗い大陸」

あらすじ

スーパー痴漢「怪盗カタツムリ」を主人公に、性欲と精神分析をテーマにした奇想天外な物語。結婚を前提とした精神分析プロジェクトの中で、彼の内なる“狼”を退治するための性夢バトルが繰り広げられます。

元ネタと考察

本作は、メル・ブルックス監督の『ヤング・フランケンシュタイン』や「ピーターと狼」の童話など、多種多様な元ネタがミックスされています。特にフロイトの精神分析や性夢の扱いは異色で、SFというよりもスラップスティック・コメディの要素が強いです。

もう一つの候補は、映画『バーバレラ』(1968年)です。映画『バーバレラ』はSFとして独特のエロティシズムとポップカルチャー的な演出で知られ、SFジャンルに多大な影響を与えた作品です。特に、「セクシュアルな要素」や「カルト的なユーモア」が特徴的で、「暗い大陸」との関連性を考えると面白いですね。

魅力ポイント
  • 性と精神分析をテーマにしたユーモラスな展開。
  • カタツムリという異色のキャラクターが物語を引き立てる。
  • コミカルながらも哲学的なメッセージを内包。

3. 「見えない人間」

あらすじ

近未来の日本。全員が身体にテレメーターを埋め込まれ、ヘルスケアネットワーク「TMIP」に管理されるディストピア。元警官で「見えない人間」の探偵が、失踪事件を通してTMIPの裏側に迫る。

元ネタと考察

フィリップ・K・ディックの『流れよ我が涙、と警官は言った』や『マイノリティ・リポート』が元ネタとして推測されます。監視社会やテクノロジーが人間性を脅かすテーマは、ディック作品特有のディストピア観を彷彿とさせます。

ディックが候補に上がるなら、「アンドロイドは電気羊の夢を見るか?」も候補に上げたい。というよりも、映画版の「ブレードランナー」かなあ。映画は80年代だからやはり違うか・・・・。

魅力ポイント
  • 技術による監視社会の問題点を鋭く描写。
  • 探偵小説とSFの融合したストーリー構成。
  • 複雑な設定をわかりやすくまとめた語り口。

『物体X』全体の魅力

『物体X』は、日本SF文学が持つ「実験性」と「社会的洞察」が見事に融合された作品です。山田正紀は、SF映画の元ネタをベースにしながらも独自の文学的世界観を構築しています。各短編が扱うテーマ(異形の恐怖、性と精神、監視社会)は、現代にも通じる普遍性を持っています。

作品の特筆すべき点
  1. 異なるテーマの短編が一冊に収録されており、ジャンル横断的な面白さがある。
  2. 元ネタの作品や映画を知っていると、さらに深く楽しめる。
  3. 心理描写やディストピア的要素のリアリティが高い。

最後に

山田正紀の『物体X』は、SF映画や文学への深いオマージュとともに、現代的な問題を提起する重要な作品です。気になる方はぜひ手に取ってみてください!