
叢書 | ハルキ・ホラー文庫 |
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出版社 | 角川春樹事務所 |
発行日 | 2000/08/28 |
装幀 | 芦澤泰偉 |
内容紹介
極限状況で輝くプロフェッショナリズムと予測不能の恐怖― ケア・死者・女性たちの物語として ―
1. はじめに:これはただのホラーではない
ゾンビ×看護婦という一見突飛な組み合わせに、あなたはどんな印象を抱くだろう?
山田正紀の『ナース』(2000年、ハルキ・ホラー文庫)は、ジャンボ機の墜落事故という災害を舞台に、7人の看護婦たちが未知の“動く死体”に立ち向かうスプラッター・アクションだ。だが、本作が描いているのは単なる恐怖ではない。
それは、人間が極限状態の中で“命”と“死”にどう向き合うのかを問う、深い倫理と美学をもった物語である。
2. 物語の全体像:墜落現場で始まる人間ドラマ
ジャンボ機が標高1000メートルを超える山中に墜落し、500名もの乗員乗客が死亡。現場へ急行した自衛隊や警察、医療関係者たちは、異常な現象に遭遇して壊滅。
そこへ、日本赤十字の看護婦チーム「丸山班」が派遣される。
彼女たちが直面するのは、バラバラになった死体が動き出し、生者を襲うという悪夢のような現場。
これは医療ミッションであると同時に、戦場でのレジスタンスでもあった。
3. キャラクターと構造分析:「七人の侍」との呼応
『ナース』は、黒澤明『七人の侍』への明確なオマージュでもある。7人の看護婦はそれぞれが個性と役割を担い、丸山晴美という婦長のもとに結束する。
キャラ | 特徴 | 『七人の侍』対応キャラ |
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丸山晴美(婦長) | 包容力ある統率者 | 島田勘兵衛(志村喬) |
水島理恵(主任) | 冷静な実行者 | 久蔵(宮口精二) |
森村智世 | 破天荒なアウトロー | 七郎次+五郎兵衛 |
斉藤益美 | 完璧主義のプロ | 七郎次的な実務家 |
安田美佐子 | 屈強で温かい人物 | 平八(千秋実) |
山瀬愛子 | 最年少、成長枠 | 岡本勝四郎(木村功) |
遠藤志保 | 精神的に脆弱 | 菊千代(三船敏郎) |
バラバラな個性が「死者を鎮める」という使命によって一つになる。この構造自体が、“日本的チーム美学”の象徴でもある。
4. ジャンル融合の妙:スプラッター × 医療 × ヒューマンドラマ
本作はグロテスクな描写も多いが、最大の異色性はそこではない。
ゾンビ=敵 ではなく、ゾンビ=患者として描かれるという点にある。
彼女たちの目的は、「倒すこと」ではなく「静かに眠らせること」。
それはまさに、医療者としての倫理と、人間としての祈りが交差する瞬間である。
5. 映画化されたゾンビ作品との比較:日本的ホラー感性とは?
作品 | ゾンビの描写 | 主なテーマ |
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ナイト・オブ・ザ・リビングデッド | 射殺対象 | 社会不安・同調圧力 |
28日後… | 急速感染 | パニックと自己破壊 |
新感染 | 群衆の暴走 | 家族愛・格差 |
ナース | 未浄化の死者 | ケア・供養・死の尊厳 |
西洋:ゾンビを「撃つ」
日本:ゾンビを「鎮める」
日本では、死者を敵とするよりも、“供養されるべき存在”として受け止める文化的土壌がある。
6. フェミニズムから読み解く:ケアは抵抗である
看護婦たちは“白衣の戦士”か?
- ケアは弱さではなく、行動である
- 支えることは、戦うことと同等の力を持つ
- 「ケアすること」が最大のレジスタンスになる
ケアの倫理(ジョアン・トロント『ケアのデモクラシー』)
- ケアは政治的行為である
- 看護婦たちは「ケアする市民」として描かれる
身体と逸脱(バーバラ・クリード『モンスター的女性』)
女性が“モンスターと対話する存在”として描かれる構図が浮き彫りにされる。
7. パンデミック以後の読解:『ナース』が先取りしていたもの
- 医療崩壊に耐える“現場の力”
- ケアとは「死を死として迎えること」
- “敵”ではなく“患者”としてゾンビに向き合う姿勢
8. 終章:これは看護婦たちによる“戦場のプロフェッショナル”物語だ!
山田正紀の『ナース』は、ホラーとプロフェッショナル・ドラマを融合させた極めて独創的な小説である。
ゾンビという題材を用いながらも、恐怖の根源は化物ではなく、極限状況に置かれた人間の内面や、社会システムの脆弱さにある。
何より特筆すべきは、“逃げる”という選択肢が最初から排除されている構造だ。
看護婦たちは、自衛隊や警察が崩壊する中でも、死者を安置し、生者を守るという倫理観に基づき、現場を離れない。
- プロ意識と使命感でゾンビに立ち向かう白衣の戦士たち
- 七人の個性豊かなキャラが織り成すヒューマンドラマ
- グロ描写の裏に潜む感動と倫理観
- 逃げられなさがそのまま物語の駆動力になっている設定の巧妙さ
ゾンビを“敵”ではなく“患者”として処理し、最後まで職責を全うしようとする彼女たちの姿に、読者は震え、そして静かな敬意を抱くはずだ。
📚 参考文献・レビューリンク集
- 杉本竜也ジョアン・トロントの『ケアのデモクラシー』論
- Barbara Creed『The Monstrous-Feminine』(Routledge, 1993年)
- 黄金の羊毛亭の感想
- イクシーの書庫
- オッド・リーダーの読感