ヘロデの夜

叢書初版
出版社出版芸術社
発行日1994/04/20
装幀森下年昭、(装画) 斎藤茂男「運命の扉」

収録作品

    • ヘロデの夜
    • ユダの海
    • 夢の試練
    • プランクトン・カンサー
    • 呪われた翼

内容紹介

各短編の紹介と解説

物語の舞台は現代の産婦人科から第二次大戦下のドイツ、国家に管理される夢の世界、原子力潜水艦、そして伝説の眠る山村まで、多岐にわたります。SF、ホラー、ミステリーが融合したこの短編集は、山田正紀の作家性を存分に堪能できる一冊です。

「ヘロデの夜」——神を宿した胎児の誕生

ある夜、産婦人科に運び込まれた急患・原口千代子。彼女は自殺を試みたが、腹の中には胎児が宿っていた。医師たちが処置を施す中、次々と怪現象が発生し、「俺は神だ」という声が響く。果たして胎児は神なのか、それとも悪魔なのか?

解説: ヘロデ王が救世主の誕生を恐れ、ベツレヘムの赤子を虐殺した逸話をモチーフにした作品です。医師は新たな「神」の誕生を前に、ヘロデ王と同じ決断を迫られます。人間が「神」に抱く畏怖、そしてそれに抗うことの意味を問う、非常に濃密な物語です。

「ユダの海」——ナチスの陰謀と超能力者

第二次世界大戦末期、ナチスはヒトラーの転生を生み出す計画を進めていた。Uボートで南米へ送り込まれる女性・エリザベートは、特別な能力を持つ超能力者だった。だが、艦長フォン・ハラスは、彼女と計画に疑念を抱いていた……。

解説: 裏切り者として名高いユダの名を冠する本作では、ハラス中尉の苦悩が際立ちます。ナチスの狂信と、その道具として利用される人間たち。彼は何を「裏切る」のか?問い続ける物語です。

「夢の試練」——夢を見る資格を持つ者たち

人類は夢を危険視し、国家によって管理される世界。選ばれた者だけが「見夢資格者」として夢を見ることを許される。そんなエリートたちが、「眠り姫」に会う冒険に挑むが……。

解説: 夢が単なる幻想ではなく、人間にとってどんな意味を持つのかを問う作品です。夢を奪われた社会と、その特権を持つ者たちの矛盾が描かれます。山田正紀らしい哲学的なSFです。

「プランクトン・カンサー」——潜水艦の中での生存戦

ヨットで遭難した少年たちは、原子力潜水艦〈しろがね〉に救助される。しかし、〈しろがね〉の目的は謎のプランクトンの調査だった。やがて乗組員が次々と死に、少年たちは絶望的な戦いに挑む。

解説: パニックSFの要素が強く、密室の中でのサバイバルが描かれます。生命とは何か、進化とは何かを考えさせる作品です。未知の生命体との対峙という要素を組み込んだ本格的なジュブナイルSFです。

「呪われた翼」——山村に眠る異形の存在

父の死の謎を追う「ぼく」は、羽白村へとたどり着く。だが、村では異形の存在が伝説として語られていた……。

解説: SFというよりは伝奇色の強い作品。

まとめ

「ヘロデの夜」は、山田正紀のSF作家としての力量を存分に発揮した短編集です。表題作と「ユダの海」では神の誕生とその影響力が描かれ、「夢の試練」では管理社会と個人の葛藤が、「プランクトン・カンサー」「呪われた翼」では冒険と未知の存在との遭遇がテーマとなる。どの作品も単純なエンターテインメントに留まらず、人間存在への深い問いを投げかけます。
特に印象的なのは、神や全知全能の存在への複雑な感情です。山田正紀にとって「神」は慈愛の象徴ではなく、人間を翻弄する脅威として描かれます。それでもなお、抗おうとする人間の姿に、彼の作家としての視点が垣間見えます。SFファンだけでなく、サスペンスや伝奇に興味のある読者にも強くおすすめしたい一冊です。