殺人契約 -殺し屋・貴志-

叢書光文社文庫
出版社光文社
発行日1984/12/20
装幀山野辺進

収録作品

    • 殺し屋
    • 逃亡
    • システム・キリング
    • 契約違反
    • 二重奏
    • 共喰い
    • 待機

内容紹介

はじめに

山田正紀の『殺人契約 殺し屋・貴志』は、27歳の孤独な殺し屋・貴志を主人公とした連作短編集です。ハードボイルドな雰囲気が漂う本作は、犯罪小説としての緊張感と、主人公・貴志の内面に潜む人間性が巧みに描かれています。それぞれの短編は独立しつつも、貴志というキャラクターを通して一貫したテーマと世界観が展開されており、読者を飽きさせない工夫が凝らされています。

各短編の紹介と見どころ

「殺し屋」

あらすじ

雨の夜、貴志は標的をベランダから突き落とすという計画を実行します。その瞬間、一瞬の稲妻が空を裂き、彼は女性の姿を目撃します。自分の仕事を見られたのではないかと不安に駆られる貴志。完璧に事故に見せかけたはずの暗殺が、警察によって殺人事件として捜査され始めます。

見どころ

短編の冒頭で、貴志のプロフェッショナルな一面とストイックな姿勢が鮮明に描かれています。一瞬の閃光がもたらす予期せぬ展開と、目撃者の存在が彼の計画に影を落とします。ラストでの貴志の葛藤は、人間味を感じさせる重要なシーンであり、彼の内面世界を深く掘り下げています。

「逃亡」

あらすじ

貴志の殺し屋としての活動が警察に露見してしまいます。自宅マンションにやってきた刑事たちを機転を利かせて振り切り、意表を突いた方法で逃亡を図ります。しかし、その逃亡劇の中で、思わぬ人物が彼の前に現れます。

見どころ

緊迫感あふれる逃亡劇が展開されます。貴志の逃亡手段は斬新で、読者を驚かせる工夫が満載です。ただのアイデア勝負ではなく、細部まで緻密に計算されたプロットが光ります。逃亡の過程で明らかになる人間関係や新たな事実も見逃せません。

「システム・キリング」

あらすじ

今回の標的は、フライドチキンのチェーン店を経営する実業家。貴志は彼に接近し、最新鋭の養鶏場で対決の機会を得ます。システマチックに管理された施設で、貴志はどのようにして任務を遂行するのか。

見どころ

ハイテクな養鶏場という特殊な舞台設定が新鮮です。貴志と標的との対決は緊張感がありますが、やや迫力に欠ける部分もあります。しかし、ラストの皮肉な展開は思わず唸らせるものがあります。現代社会のシステム化された環境での暗殺というテーマが興味深いです。

「契約違反」

あらすじ

いつものように準備を重ね、標的を仕留めようとしたその瞬間、何者かによって先に標的が殺されてしまいます。自分の契約が無効になったことに納得できない貴志は、隠された事情を探り、真犯人に迫っていきます。

見どころ

殺し屋としてのプロ意識が強い貴志が、契約違反に対してどのように行動するのかが焦点です。自らの手で仕事を完遂することにこだわる彼の姿勢が描かれています。二重三重に仕組まれたプロットが読み応え抜群です。貴志の冷静な推理が光る一編。

「二重奏」

あらすじ

今回の依頼は難易度が高いものでした。ピアノのリサイタルのステージ上で、ピアニストを暗殺するというものです。さらに、会場にはなぜか刑事たちの姿もあり、監視の目が光ります。果たして貴志はこの不可能に近い任務を遂行できるのか。

見どころ

公共の場、それも多くの観客と警察の目がある中での暗殺という、非常に困難な状況が設定されています。貴志が編み出す巧妙なアイデアと、その実行過程は緊迫感に満ちています。不可能を可能にするプロの技が際立つ一編です。

「共喰い」

あらすじ

新たな標的は、なんと同業者である別の殺し屋でした。依頼人は自分が狙われていることを知り、先手を打って相手を消してほしいと頼みます。貴志は同業者との熾烈な頭脳戦と対決に挑みます。

見どころ

殺し屋同士の対決という緊張感あふれる設定です。貴志のプロ意識と、自身の生き方への疑問が交錯する展開が見ものです。

「待機」

あらすじ

貴志は、ある別荘地で長期の待機を強いられます。標的を追って潜入し、準備は万全でしたが、依頼人からはまだ行動を控えるよう指示が出ます。規則正しい生活を送る標的に対し、貴志は次第に興味と苛立ちを募らせていきます。

見どころ

優柔不断な依頼人という異例の状況下で、貴志の精神状態が徐々に変化していく様子が描かれます。待機中の心理描写や、標的との奇妙な距離感が物語に深みを与えています。最後の一行に込められた重みは、読後に強い印象を残します。

作品の魅力

『殺人契約 殺し屋・貴志』の最大の魅力は、主人公・貴志のキャラクター性にあります。彼は冷静沈着で完璧主義者でありながら、時折人間的な感情や葛藤を見せます。そのギャップが読者の共感を呼び、物語に深みを与えています。また、各短編で異なるシチュエーションや挑戦が用意されており、プロットの多彩さも作品を飽きさせない要因となっています。

おわりに

山田正紀の描く殺し屋・貴志の物語は、ハードボイルドな犯罪小説としての完成度の高さと、主人公の内面に迫る深い洞察が魅力的です。プロの暗殺者としての冷徹さと、人間としての葛藤が交錯する彼の姿は、一度読み始めると引き込まれること間違いありません。犯罪小説やハードボイルド作品が好きな方はもちろん、心理描写に富んだ物語を求める方にもおすすめの一冊です。

もう本当に、色々な物語で楽しませてくれますね。山田正紀は。