神狩り2 リッパー

叢書初版(作家生活30周年記念作品)
出版社徳間書店
発行日2005/03/31
装幀生頼範義「我々の所産」、岩郷重力+WONDER WORKZ。

内容紹介

📖 神を狩る者たちの帰還──山田正紀「神狩り2」が描く現代SFの到達点

1975年、山田正紀のデビュー作『神狩り』は、その斬新な発想と哲学的深さで日本SF界に衝撃を与えた。古代文字を解読することで「神」の存在に迫る主人公・島津圭助の物語は、読者に「想像できないものを想像する」ことのスリルを提供した。あれから30年、2005年に発表された『神狩り2 リッパー』は、前作のテーマを継承しつつ、脳科学や神学を大胆に取り入れ、さらなる高みへと挑戦する大作である。1100枚に及ぶこの作品は、山田正紀の知的体力と冒険心が結晶化した、まさに「ど真ん中の剛速球」(黄金の羊毛亭)だ。本記事では、その魅力と挑戦を紐解く。

あらすじ:天使と悪魔、そしてリッパーの謎

物語は複数の時代と視点を通じて展開する。1933年、ドイツの名もない街で、ナチスの高官と「荒野を独り歩く者」(ハイデガーを思わせる人物)が「死の天使」と出会う。200X年、韓国・光州で島津圭助と出会った安永学は、北朝鮮からの脱出を試みる二人の少年、善圀生と邪龍道を支援する。20XX年、刑事・西村希久男は一家惨殺事件を追う中、暴走族「エンジェルズ」と対峙し、大学院生・江藤貴史は「言語=クオリア論」を追究する。そして、牧師と暮らす少女・理有(ユリア)は、「リッパー」の秘密に迫る。やがて「零年」、巨大な天使が空を舞い、人類と神の壮絶な戦いが始まる。

本作の鍵は「リッパー」だ。登場人物たちはリッパーを「『神』に接触するのを可能たらしめるクオリア」「神遺伝子の突然変異体を発現させる感作」と定義する(ブクログ)。リッパーは脳の神経回路を再構成し、神の存在を感知可能にするが、その真実は物語の終盤まで曖昧なままだ。この多層的な構造は、読者に知的な挑戦を突きつける。

作品の魅力:知の融合とカタルシスの爆発

1. 脳科学と神学のスリリングな融合

前作『神狩り』が言語学と哲学を中心に神に迫ったのに対し、本作は大脳生理学、心理学、キリスト教学を大胆に導入する。特に、脳が「神を隠すための情報編集端末」として機能するという仮説は、認知科学の最前線を物語に取り込んだ野心的な試みだ。たとえば、リッパーが脳の処理能力を飛躍的に高める描写は、「スパコンの機能を拡張して再起動するような」迫力あるシーンとして読者を圧倒する(ブクログ)。また、ハイデガーやフーコー、チョムスキーといった思想家への言及は、物語に知的な厚みを加える(オッド・リーダーの読感)。

2. モジュラー形式の物語構造

前作が島津圭助の一人称視点で進んだのに対し、本作は複数の主人公のエピソードを並行して描くモジュラー形式を採用する。安永学、江藤貴史、西村希久男、ユリアといったキャラクターの視点が交錯し、物語は次第に収束していく。この構成は「モジュラー形式のミステリに似た」技巧的な魅力を持ち、作者の円熟した筆力を示す(黄金の羊毛亭)。ただし、序盤のエピソードの関連性の薄さから「とっつきにくい」と感じる読者もいる。

3. 圧倒的なイメージの力

山田正紀の文章は「どうしようもなく格好良い」(ここにいないのは)。羽田空港に降り立つ「翼長40メートルの天使」や、炎の十字架が浮かぶ闇の描写は、読者の想像力を刺激する。特に、ユリアが神の後頭部に「回し蹴り」を入れるシーンは、「たまらないカタルシス」を提供する(オッド・リーダーの読感)。これらのイメージは、SFならではのスケール感と視覚的インパクトで読者を魅了する。

4. 最後の一行の昂揚

本作のクライマックス、特に最後の一行は、読者に強い昂揚感を与える。「文法的にはおかしいかもしれない」が、前作では到達できなかった「新たな階梯」を宣言するこの一行は、山田正紀の作家魂を象徴する(黄金の羊毛亭)。この瞬間、30年にわたる「神狩り」の旅が一つの頂点を迎える。

賛否両論のポイント:期待と現実のギャップ

肯定的評価

  • 知的挑戦の成功:脳科学や神学を融合させたアプローチは「スリリング」で、SFの可能性を広げた。
  • カタルシスの提供:ユリアの一撃や最後の一行は、読者に「ロックンロールな覚醒」を感じさせる。
  • イメージの力:天使や炎の十字架の描写は「禍々しく、時には美しい」と評価される。

批判的意見

  • 冗長な説明:脳科学や神学の蘊蓄が「長すぎ」「重複しまくり」と感じる読者も。
  • ストーリーの弱さ:神との直接対決が少なく、物語の推進力が不足しているとの指摘。
  • 未解決の疑問:リッパーや神の正体が曖昧なまま終わり、古代文字のテーマが無視されたことに失望する声も。

山田正紀の作家魂:想像できないものを想像する

山田正紀にとって、「想像できないものを想像する」ことは創作の核心であり、同時に「呪い」でもある(Amazonレビュー)。『神狩り2』は、この矛盾に正面から挑んだ作品だ。神という「形容しようのないもの」を描くため、膨大な言葉とイメージを費やし、なお「物語は本を閉じて始まる」(ミステリの祭典)。この挑戦は、読者に「世界の境界部がぱらりと捲れる不安」を残し、SFの可能性を再定義する。

結論:日本人なら必読のSF傑作

『神狩り2 リッパー』は、完璧な作品ではない。冗長さや未解決の疑問は、読者の忍耐を試すかもしれない。しかし、その知的野心、圧倒的なイメージ、そして神に挑むカタルシスは、SFファンならずとも心を揺さぶる。本作は「反米、反ヨーロッパキリスト教思想の傑作」(オッド・リーダーの読感)であり、日本SFの金字塔『神狩り』の正統な後継者だ。ユリアの蹴りが神の後頭部を打ち抜く瞬間を、ぜひ体感してほしい。


参考文献

📝 最後に一言

『神狩り2』は、“理解する”というより“感じ取る”作品です。たとえ読了後にすべてを理解できなくても、あなたの思考は確実に進化しています。“神”に挑む人間の知性、その物語をぜひ受け止めてください。

それでもまだ、神は笑っているのかもしれない。

文庫・再刊情報

叢書徳間文庫(徳間文庫創刊30周年記念作品)
出版社徳間書店
発行日2010/06/15
装幀 生頼範義「我々の所産」、岩郷重力+WONDER WORKZ。

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