JUKE BOX

叢書初版
出版社徳間書店
発行日1990/02/28
装幀熊谷博人、竹上正明

収録作品

    • One Way Ticket(恋の片道切符)
    • Kissin'on The Phone(電話でキッス)
    • Calendar Girl(カレンダーガール)
    • You Mean Everything To Me(きみこそすべて)
    • Little Devil(小さな悪魔)
    • Stairway To Heaven(星へのきざはし)

内容紹介

はじめに

山田正紀の連作集「JUKE BOX」は、ただのSF短編集に留まらず、読者を未知の領域へと誘う革新的な試みです。本作は、50年代~60年代のアメリカン・ポップスのリズムと、サイバーパンク的要素が融合した独自の世界観の中で展開されます。物語の舞台は、老人ホームでの悲劇的な事件から始まり、そこから展開する異次元の戦争、そして生命と言葉が交錯する不思議な世界。作品全体を貫くのは、言語を媒介にした「生命言語(ランガー)」というコンセプトです。この概念は、後の長編作品『ジャグラー』においてより進化・深化させています。

本記事では、各短編の魅力や物語の背景、そして作者が投げかける深いテーマについて、具体的なエピソードや描写を交えながら詳しく解説いたします。

作品全体の構造とテーマ

「JUKE BOX」は、複数の短編作品を連作形式でまとめた構造を採用しています。各短編は独立した物語でありながら、共通するモチーフ―たとえば、50年代のアメリカン・カルチャー、再生臓器を用いたニューロ・ジャンク、そして不思議な「生命言語」―によって一体感が持たされています。プロローグとエピローグが存在することで、単なる短編集に留まらず、連鎖的な物語の流れが生み出す奥行きを感じさせる仕上がりとなっています。

また、本作は単なるSFアクションやサイバーパンクに留まらず、記憶、言語、そして人間存在に対する深い洞察が随所に散りばめられており、読者に対して多層的な読みごたえを提供します。こうした複雑な構造とテーマは、従来のSF作品とは一線を画し、現代における新たな文学的試みとして高く評価されています。

各短編の紹介

1. 「One Way Ticket 恋の片道切符」

物語は、ニューロ・ジャンクの発着基地〈ジャンクトリー〉を舞台に、定期パトロールからの帰還中に起こる衝撃的な事件から幕を開けます。小隊“キャッシュ・ボックス”の一員であるアキラが、ボロボロの状態で帰還するシーンは、読者に衝撃とともに物語への没入感を与えます。若さと生命力に溢れていたはずのアキラが、突如として老人の姿に変貌し、死の淵を彷徨う姿は、単なる肉体の変化を超えて、生命と時間の流れに対する哲学的な問いを提示します。

この短編では、孤独と再生、そして失われた青春への郷愁が巧妙に描かれており、読者はその背後に潜む深いドラマと、サイバーパンクならではのテクノロジーの暴走に目を奪われます。さらに、アキラの帰還は、以降の物語全体に暗い影を落とす伏線としても機能し、連作全体の統一感を生み出す重要な役割を担っています。

2. 「Kissin' on The Phone 電話でキッス」

続くエピソードでは、“キャッシュ・ボックス”のケンが主人公となり、〈ランガーハンス島〉にあるリゾート・ビーチが舞台となります。ここでは、脳漿の海と呼ばれる奇妙な現象が描かれ、生命言語の小片「ランガー・ビット」が人工養殖されるという設定が登場します。穏やかな休日を楽しむはずのケンの前に、突如として現れる悪夢のような存在“BOB”は、自然と人工が作り出す狂気の象徴とも言えます。

このエピソードは、サイバーパンク的な未来社会の一端を垣間見せると同時に、現代社会が抱えるテクノロジーへの依存とその暴走というテーマにも鋭く迫ります。リゾート地という一見安穏な背景に潜む異常現象は、読者に対して「見慣れたもの」の裏に潜む「不確かさ」を再認識させる役割を果たしています。

3. 「Calendar Girl カレンダーガール」

“キャッシュ・ボックス”のユリが主人公となる本作は、彼女が突然テレビ番組の公開収録に巻き込まれるという奇妙な展開から始まります。戦争翻訳機の誤作動という不可解な事件により、ユリは自らの生きる世界を選択せざるを得なくなり、あこがれていたコーラのテレビ・コマーシャルの世界へと誘われます。

このエピソードは、メディアと現実の境界が曖昧になる現代社会を象徴するかのように、偶然と必然が交錯する不思議な世界を描写しています。ユリの混乱と戸惑いは、個人が情報過多の現代においてどのように自らのアイデンティティを保つかという普遍的な問題にも通じ、作品全体のテーマと見事にリンクしています。

4. 「You Mean Everything To Me きみこそすべて」

“キャッシュ・ボックス”のマモルが主役を務めるこの短編では、探査体{スプートニク}の故障回収を目的として、太陽系融合惑星の木星型大気圏内に突入するという大胆なミッションが展開されます。マモルの相棒として登場するスーパー・チンパンジーは、プログラミング中に偶然入力されたランガーの文法構造に取り憑かれ、その異常な状態が物語の緊迫感を一層高めます。

このエピソードでは、テクノロジーと生物学が融合した未来像が描かれ、敵との戦闘シーンはまるで夢と現実の狭間で繰り広げられる壮絶なバトルのようです。マモルたちが直面する未知の脅威は、従来のSFにありがちな単調な悪役ではなく、むしろシステムの内部に潜む不条理さを象徴する存在として描かれています。そのため、読者は単なるアクション以上の、深いテーマ性に触れることとなります。

5. 「Little Devil 小さい悪魔」

“キャッシュ・ボックス”のナオミとアキラがタッグを組み、新たな任務に挑む「Little Devil」。舞台は、荒野にそびえる巨大なメモリタワー“バベルC”。この場所では、情報メモリとして利用されていたレコードが次々と砕かれ、まるで雨のように降り注ぐシーンが印象的です。

このエピソードは、過去の記憶や情報の断片が現実を構築するという、言語と記憶の関係性を強烈に問いかけるものとなっています。砕け散るレコードは、もはや単なる物理現象ではなく、情報社会の脆弱さや、人間が抱える記憶の不確かさを象徴しているように感じられます。また、ナオミとアキラの掛け合いは、互いに補完し合う存在として描かれ、連作全体の中での人間ドラマの側面も見逃せません。

6. 「Stairway To Heaven 星へのきざはし」

本作の締めくくりとなる「Stairway To Heaven」は、物語の最終局面において、これまでのエピソードで伏線として張り巡らされた要素が一気に収束し、読者にとって予想もつかない方向へと展開します。

この短編は、物語全体に散りばめられた謎やテーマの集大成とも言える存在であり、登場人物たちが抱える内面的な葛藤と、外界との衝突がクライマックスを迎えます。タイトルが示す通り、「星へのきざはし」は、理想郷への道程を象徴していると同時に、そこに至るまでの過程で失われた多くのもの―希望、記憶、そして時間―を浮かび上がらせます。読者はこの結末に、ただ驚嘆するだけでなく、各エピソードが示してきたテーマの深さに改めて心を打たれることでしょう。

全体を貫くテーマと作家の意図

山田正紀は、単なるエンターテインメントとしてのSFを超え、言語と世界の関係、記憶と再生、そして人間性の根源に迫るテーマを大胆に描き出しています。各短編ごとに異なる舞台設定や登場人物を用いながらも、共通するモチーフ―生命言語「ランガー」、ニューロ・ジャンク、そして50年代アメリカのポップカルチャー―は、全体として統一感を保っています。

 

この連作集は、読者に対して「言語化できないものをどう捉えるか」という問いを投げかけ、現代社会における情報と記憶、そして存在の意味を再考させるきっかけを提供します。例えば、アキラが抱える老いと若さの二面性や、ナオミとアキラが共に乗り越える試練は、単なるSF的なアクションシーン以上に、我々が日常で直面する矛盾や葛藤を象徴しています。

また、各エピソードで描かれる戦闘シーンや、テクノロジーが暴走する描写は、現代における技術革新とその負の側面を彷彿とさせます。情報の洪水に翻弄される現代人が、あたかもニューロ・ジャンクに乗り込むパイロットのように、自らの存在意義を問い直さなければならないというメッセージが、全体を通じて感じ取れるのです。

作品の魅力と読後感

「JUKE BOX」は、決して一面的なSF短編集ではありません。各短編はそれぞれ独自の世界観を持ち、読者を飽きさせることなく次々と新たな展開を迎えます。たとえば、「恋の片道切符」では、生命の儚さと再生の可能性が、荒涼とした未来像とともに描かれ、一方で「電話でキッス」では、テクノロジーと人間の関係性に対する鋭い洞察が展開されます。

これらのエピソードは、どれも一見すると突飛な設定や、異常な現象を描いているにも関わらず、その奥深いテーマ性により、読者はただの娯楽作品以上のものを感じ取ることができるでしょう。たとえば、ユリが直面するメディア社会の混沌は、現代の情報環境を彷彿とさせ、誰もが日常で感じる孤独感や疎外感を象徴しています。また、マモルとスーパー・チンパンジーの奇想天外な冒険は、テクノロジーと生物の境界が曖昧になる未来社会の予感を感じさせ、読む者に衝撃と共感を与えます。

読者へのメッセージ

本作を手に取る読者には、ただ単に未来の技術や異世界の戦いを楽しむだけではなく、そこに込められた深いテーマと、登場人物たちが経験する内面の葛藤に目を向けていただきたいと思います。

 

― 生命と言葉、記憶と再生という普遍的なテーマは、どの時代においても我々に問いかけるものであり、山田正紀が描き出す「JUKE BOX」は、そんな問いに対する一つの答えとして存在しているのです。

また、50年代アメリカン・ポップスのリズムが物語全体に漂うことで、どこか懐かしさと同時に、未来への不安や期待が同居する独特な空気が醸し出されています。これにより、読者は単なる物語の一端を追体験するだけでなく、自らの記憶や感情に向き合う機会を得ることになるでしょう。

終わりに

連作集「JUKE BOX」は、ただのサイバーパンクSFではなく、言語と存在、記憶とテクノロジーといった現代的なテーマを多角的に問いかける傑作です。各短編は、それぞれの独自性を保ちながらも、全体として一つの大きな物語を形成しており、その巧妙な構成には、作家山田正紀ならではの緻密な世界観と深い洞察が感じられます。

読者の皆様には、この連作集を通して、現実と虚構、そして過去と未来が交錯する不思議な世界を存分に味わっていただきたいと願っています。