不可思議アイランド

叢書初版
出版社光風社出版
発行日1984/08/01
装幀玉井ヒロテル

収録作品

    • 「木星の赤い海」―惑星物語 I―
    • 「自殺省」―奇妙な味の現代人挽歌―
    • 「恋と幻」―ショート・ショート―
    • 「たらちね」―幕末時代ロマン―
    • 「滅ぼす女」―異色サスペンス―
    • 「別荘の犬」―奇妙な味のミステリィ―
    • 「火星の戦士」―惑星物語 II―
    • 「ラーメン大好き」―奇妙な味の現代人哀歌―
    • 「魚の研究」―ショート・ショート―
    • 「狐ガ丘分譲住宅」―奇妙な味の……―
    • 「狙撃プラス・ワン」―異色サスペンス―
    • 「おれの影」―ネオ剣豪小説―

内容紹介

―12の異色短編が織りなす幻想の世界―

はじめに

山田正紀の短編集「不可思議アイランド」は、SF、ミステリ、時代小説、現代小説など、多彩なジャンルの作品を収録した短編集です。本書に収められた12の物語は、それぞれが独立した「島」のように個性的な世界を形成しながら、どこか不思議な空気感で緩やかにつながっています。

作品の全体的特徴

本書の特徴は、以下の3点に集約されます:

  1. ジャンルの多様性
  2. 日常と非日常の絶妙な融合
  3. 緻密な伏線と意外性のある展開

各作品の紹介と見どころ

「木星の赤い海」―惑星物語 I―

太陽系を舞台にした本格的なSF作品です。木星探査船"ジェリー・フィッシュ号"の調査任務を軸に、謎の少女イドゥンが語る「惑星から惑星へと自由に移動するもの」の存在が物語を深みのある展開へと導きます。古典的なSFの魅力を感じさせる作品でありながら、人類の宇宙進出に対する問いかけも含んでいます。

「自殺省」―奇妙な味の現代人挽歌―

現代社会の不条理を鋭く描いた作品です。突然の自殺省からの通知という非現実的な設定を用いながら、それを極めて淡々と描写することで、逆説的にサラリーマンの生きづらさや社会システムの歪みを浮き彫りにしています。

「恋と幻」―ショート・ショート―

異常な愛情をテーマにした衝撃的な短編です。レントゲン技師の歪んだ愛情表現を通じて、執着と狂気の境界線を鮮やかに描き出しています。

「たらちね」―幕末時代ロマン―

幕末期の上野・寛永寺を舞台にした心揺さぶる物語です。落ち木拾いを許された湯屋の源助が抱く、身分違いの思いと誇り。高貴な女性との出会いをきっかけに芽生えた切ない感情は、動乱の時代と共に激しく揺れ動きます。源助の複雑な心情と、時代の荒波の中での決断が見事に描かれており、歴史小説としての完成度も高い作品です。

「滅ぼす女」―異色サスペンス―

週刊誌記者の視点から描かれる、謎めいた女性・爽子の物語。次々と男たちを破滅させてきた彼女の真実に迫るうちに、語り手自身も不思議な渦に巻き込まれていきます。序盤に張られた伏線が後半で見事に回収され、幻想的な結末へと導かれる展開は圧巻です。サスペンスでありながら、どこか幻想小説的な雰囲気を漂わせる異色作です。

「別荘の犬」―奇妙な味のミステリィ―

秋の別荘地を舞台に、ある浮浪者の死の真相に迫る物語。宮原巡査が語る二年前の未解決事件には、深い哀愁が漂います。犬を追い回していたとされる源二郎爺さんの真実は、読者の胸を強く打ちます。ミステリでありながら、人間の孤独や寂しさを描いた秀作です。

「火星の戦士」―惑星物語 II―

「木星の赤い海」の続編にあたるSF作品。傭兵のブラディ・グロスを主人公に、火星を舞台としたアクション性の高い展開が特徴です。前作に登場したイドゥンが重要な役割を果たすことで、惑星物語としての世界観が更に広がりを見せます。ハードSFの要素とスペースオペラ的な展開のバランスが絶妙です。

「ラーメン大好き」―奇妙な味の現代人哀歌―

一見コミカルなタイトルながら、現代人の生き方を深く問いかける作品です。ラーメン好きを自認する主人公・吉田が、部下との何気ない会話をきっかけに自己を見つめ直していく過程は、読者の心に静かな波紋を広げます。「好き」という感情の真偽、そして人生における自己認識の揺らぎを鋭く描いています。

「魚の研究」―ショート・ショート―

独特の語り口と予想外の展開で読者を魅了する秀作です。魚が陸上に上がった理由を考察するという学術的な装いで始まりながら、驚くべき結末へと読者を導きます。短編ながら、読後に深い余韻を残す作品です。

「狐ガ丘分譲住宅」―奇妙な味の……―

定年退職した主人公・伊藤の一日を追った物語。日常的な描写から始まり、徐々に現実と非現実の境界が曖昧になっていく展開は見事です。最後の一文で読者を戦慄させる衝撃的な結末は、それまでの穏やかな雰囲気を一変させ、作品に新たな解釈の可能性を付与します。

「狙撃プラス・ワン」―異色サスペンス―

緊迫感のある展開と、予想を超える結末が印象的なサスペンス作品。主人公・良彦の冷静な性格描写と、事件の真相が明かされていく過程が巧みです。一見単純な依頼殺人に見える事件の背後に潜む真実は、読者の予想を大きく裏切ります。

「おれの影」―ネオ剣豪小説―

宮本武蔵の老境期を描いた意欲作。島原の乱の時代を背景に、名声を得た武蔵が若い剣士に狙われる立場となる皮肉な状況を通じて、強さの意味を問い直します。時代小説でありながら、現代的なテーマを内包した奥行きのある作品です。

本作品集の意義

「不可思議アイランド」は、山田正紀の作家としての多彩な才能を示す重要な短編集です。特に以下の点において、その価値は高く評価できます:

1. ジャンルを超えた表現力
作品集全体を通じて、SFからミステリ、時代小説まで、各ジャンルの特性を活かしながら、独自の世界観を構築することに成功しています。
2. テーマの普遍性
各作品は異なるジャンルでありながら、人間の孤独、愛、存在意義といった普遍的なテーマを深く掘り下げています。
3. 技法の確かさ
伏線の張り方、展開の妙、結末の意外性など、物語を構築する技術が随所に光ります。

結びに

「不可思議アイランド」は、表層的には12の異なる物語の集合体ですが、その本質においては、人間の内面や社会の諸相を多角的に描き出す試みとして読むことができます。各作品が持つ「不可思議」さは、私たちの日常に潜む非日常性を浮き彫りにし、現実世界の新たな側面を照らし出す鏡となっています。

SF、ミステリ、時代小説などの枠を超えて、確かな技量で描かれた本書は、幅広い読者に強く推薦できる作品集です。それぞれの「島」を訪れる度に、読者は新たな発見と感動を得ることができるでしょう。

文庫・再刊情報

叢書徳間文庫
出版社徳間書店
発行日1988/08/15
装幀 佐竹美保、丸山浩伸