叢書 | 『増刊中央公論 S・Fオデッセイ 小説と科学の冒険』に一挙掲載 「幻想の明治」 改題 |
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出版社 | 中央公論社 |
発行日 | 1986/05/20 |
装幀 | 袴田一夫、佐藤裕 |
内容紹介
はじめに
山田正紀の『幻象機械』は、日本人の脳に秘められた謎を解き明かすサイエンス・フィクションの傑作です。非言語脳(右脳)と言語脳(左脳)の機能差をテーマに、科学的な探究と人間の深層心理を巧みに描き出しています。さらに、石川啄木の未発表小説という文学的要素を組み込み、物語に独特の深みと魅力を与えています。
あらすじ
大学で助手を務める谷口は、日本人特有の非言語脳と言語脳の機能差を研究しています。彼はその研究の一環として、脳の深層に潜むイメージや記憶を投影する装置「幻象機械」を開発します。
ある日、亡き父の遺品を整理していた谷口は、石川啄木の未発表小説を発見します。その小説には、日本人の脳に関する驚くべき示唆が隠されていました。興味を抱いた谷口は、「幻象機械」を使って小説の謎を解き明かそうと試みます。
研究を進める中で、彼は日本人の脳に刻まれた恐るべき秘密に気づき始めます。その秘密は、日本人のアイデンティティや歴史、文化に深く関わるものであり、谷口自身の存在をも揺るがすものでした。真実に迫る彼の運命は、やがて予測不能な方向へと進んでいきます。
作品の魅力
科学的リアリティとフィクションの融合
『幻象機械』は、脳科学という高度な専門分野を物語の核に据えています。非言語脳と言語脳の機能差や、脳内イメージの投影といった科学的テーマが、詳細かつリアルに描かれています。それにより、物語に説得力が生まれ、読者は現実とフィクションの境界を忘れて物語に没入できます。
歴史と文学を絡めた深みのあるプロット
石川啄木の未発表小説という設定は、物語に文学的な深みと歴史的な背景を与えています。啄木の詩や思想が作品内で引用され、その言葉が物語のテーマとリンクしていく過程は見事です。歴史と現在が交錯し、読者に多層的な物語体験を提供します。
サスペンスと心理描写の巧みさ
谷口が真実に近づくにつれ、彼の心理状態や周囲の環境が徐々に変化していきます。疑念、不安、恐怖といった感情が丁寧に描写され、サスペンスフルな展開が続きます。読者は谷口の心情に共感しながら、物語の緊張感を共有します。
見どころ
「幻象機械」の存在
「幻象機械」は、脳内のイメージや記憶を映像化する装置です。その描写は詳細で、科学的な理論に裏打ちされた説得力があります。装置を通じて明かされる人間の深層心理や潜在意識の世界は、読者に新鮮な驚きを与えます。
日本人のアイデンティティへの問いかけ
作品は、日本人特有の脳の機能差をテーマに、日本人のアイデンティティや文化的特性を深く掘り下げています。自分たちが何者であるのか、なぜそのような思考や行動をとるのか、といった根源的な問いかけが作品全体を通じて提示されます。
石川啄木との関連性
石川啄木の未発表小説が物語の鍵となっています。その小説の内容や啄木の生涯、思想が巧みに物語とリンクし、作品に厚みを持たせています。啄木の詩的な言葉が物語の随所に散りばめられ、その美しさが読者の心を打ちます。
予測不能なストーリー展開
物語は次々と新たな事実や謎が明かされ、読者の予想を裏切る展開が続きます。特に終盤で明かされる日本人の“正体”に関する真実は、衝撃的でありながらも納得感があります。この意外性と論理的な整合性が、作品の完成度を高めています。
おわりに
山田正紀の『幻象機械』は、エンターテインメント性と文学性を兼ね備えた作品です。科学的なリアリティと深遠なテーマが融合し、読者を未知の世界へと誘います。日本人のアイデンティティや人間の本質に迫る物語は、多くの読者にとって忘れられない体験となるでしょう。
『幻象機械』を通じて、自分自身や社会について新たな視点を得ることができるかもしれません。未読の方はぜひ手に取って、その魅力を味わってみてください。
文庫・再刊情報
叢書 | 中公文庫 |
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出版社 | 中央公論社 |
発行日 | 1990/10/10 |
装幀 | 袴田一夫、佐藤裕 |