神獣聖戦 II <時間牢に繋がれて>

叢書TOKUMA NOVELS
出版社徳間書店
発行日1984/11/30
装幀竹上正明、矢島高光

収録作品

    • 渚の恋人
    • 円空大奔走
    • 時間牢に繋がれて
    • 鶇(つぐみ)
    • 硫黄の底

内容紹介

前作「神獣聖戦 I<幻想の誕生>」から続く「神獣聖戦 II<時間牢に繋がれて>」の意味と進化

山田正紀の連作集「神獣聖戦」は、壮大なスケールで展開されるSFファンタジー作品です。前作「神獣聖戦 I <幻想の誕生>」では、異世界と現実が交差し、神獣や異界の存在が人間たちの生き方や信念に影響を与える様が描かれていました。そして、本作「神獣聖戦 II <時間牢に繋がれて>」は、さらにその世界観を深め、時間と空間を越えた新たなテーマに挑んでいます。

以下では、各短編を紹介したあと、前作から続く本作の意味について考察し、「神獣聖戦」シリーズがどのようにして進化しているのかを紐解いていきます。

1. 渚の恋人

この短編は、現実と超常的な力が交錯するラブストーリーです。真理と孝二という主役の二人が、恋愛関係を通じて作品の舞台となる異世界や秘密組織と関わりを持つようになります。

あらすじ: 真理と孝二は庭園で偶然出会い、恋に落ちます。しかし、孝二には特殊な能力があり、これを狙う企業に囚われていました。恋する真理は孝二の救出を決意し、壮絶な行動を起こすことに。

見どころ: S-企業やソ連のスパイといった設定が、物語にスリルとサスペンスを加えています。また、孝二が地上に生み出す「赤い荒野」の描写は幻想的で、山田正紀ならではの視覚的な迫力が感じられます。

2. 円空大奔走

江戸時代の蝦夷地を舞台に、時空を越えて繰り広げられる神秘的な物語です。仏師である円空が、異世界と交信する女性「まりも」と出会うことで、奇妙な出来事に巻き込まれていきます。

あらすじ: 円空は蝦夷地を放浪しながら仏像を彫る旅を続けていました。ある日、「空中に曼陀羅を描き出す」という不思議な噂を持つ女性「まりも」に出会います。彼女との交流を通じて、円空は時空を超えた戦争に巻き込まれていきます。

見どころ: 千年戦争の影響が江戸時代にまで及んでいるという設定が新鮮で、山田正紀独特の歴史とSFの融合が楽しめます。また、孤独と哀しみに満ちた円空の心情が、物語に深い人間ドラマを加えています。

3. 時間牢に繋がれて

「時間牢に繋がれて」は、異世界と現実が曖昧に交差する幻想的なミステリーストーリーです。「エターナル・トライアングル」という時間と空間が異なる場所での殺人事件が物語の中心となります。

あらすじ: 中立地帯である「エターナル・トライアングル」で、悪魔憑き(デモノマニア)と呼ばれるローズマリーの殺人事件が発生します。中立機関から派遣された「時間剥製者」の主人公は、現実と幻想が混在するこの地で事件の真相を追います。

見どころ: 「現想者」や「時間剥製者」などのユニークな概念が登場し、幻想と現実が溶け合う美しい風景描写が魅力です。また、物語の舞台である「エターナル・トライアングル」の設定が、物語に一層の神秘性を与えています。

4. 鶫(つぐみ)

「鶫」は、SF要素が控えめで、幻想的な雰囲気が漂う短編です。日常の中で異世界に迷い込む主人公が、日常と異界の狭間で奇妙な出来事に巻き込まれていく様子が描かれています。

あらすじ: 主人公はいつものように私鉄に乗っていたが、いつの間にか森の中にある「鶫」という不思議な駅に降り立ってしまいます。そこで彼が鶫の写真を撮ったことから、予期せぬトラブルに巻き込まれていきます。

見どころ: シリーズの中では軽めのタッチで描かれていますが、幻想的な空気感が特徴です。「時間牢に繋がれて」との対比で、より現実味を帯びた雰囲気が感じられます。

5. 硫黄の底

「硫黄の底」は、地獄めぐりのような異色の短編です。作家や女子大生といった普通の人間が、悪魔的な存在によって戦場に召喚され、異形の世界をさまようことになります。

あらすじ: 自殺を図ろうと火山に飛び込んだ「翼」は、気がつくと異様な戦場にいました。彼と共に召喚された「女子大生」「作家」と共に、彼らは「地獄めぐり」を余儀なくされます。

見どころ: 大いなる疲労の告知者という存在が登場し、物語がシリーズ全体に新たな深みを与えています。圧倒的な迫力で描かれる地獄の描写が印象的で、山田正紀の哲学的な一面も垣間見えます。

1. 前作「幻想の誕生」と本作「時間牢に繋がれて」の関係性

「神獣聖戦 I <幻想の誕生>」では、現実と異世界が交差することで生まれる「幻想」というテーマが軸になっていました。登場人物たちは異世界の神獣たちと接触する中で、それぞれの信念や価値観を問われ、幻想的な存在によって自己のアイデンティティや運命を再認識させられるという構図が描かれています。異世界との遭遇は、彼らの現実に対する理解を揺るがし、異なる視点や可能性を示すものとして作用しています。

一方、「神獣聖戦 II <時間牢に繋がれて>」では、時間と空間がさらに重要なテーマとして加わります。本作では「時間牢」や「エターナル・トライアングル」など、時間そのものが囚われる概念が登場し、単なる幻想の超越を超えた「時間と存在の本質」に関する問いが投げかけられています。前作が「異世界との出会い」による人間性の拡張をテーマとしていたのに対し、本作では「時間の呪縛」に焦点を当て、人間の存在が時空の枠組みに縛られるという新たな視点が提示されています。

2. 時間の概念と「時間牢」の象徴

「時間牢に繋がれて」というタイトルからもわかるように、本作は時間というものに対する縛りや束縛を象徴的に描いています。異世界の存在たちと触れ合うことで、時間が必ずしも直線的に流れるものではなく、ある種の閉鎖空間やループとして捉えられる可能性があることを提示しています。これは、物語全体に漂う幻想的な空気感とともに、読者に「時間とは何か」「人は時間に囚われているのか」という問いを投げかけます。

例えば、短編「時間牢に繋がれて」では、「エターナル・トライアングル」という場所が舞台となり、ここでは時間が異なる流れ方をしています。この「エターナル・トライアングル」は、時の牢獄としての象徴であり、そこに囚われた人々は通常の時間感覚を失い、永遠のような一瞬、もしくは一瞬のような永遠を生きることになります。この設定は、時間に対する人間の理解や、その囚われからの脱却を目指す人間の永遠のテーマを反映しているといえます。

時間と存在の呪縛

「時間牢」という概念は、人間が生きるうえでの制約ともいえる時間の流れに対する疑問や反発の象徴です。人間は過去を振り返り、未来を夢見る存在でありながら、現実的には「現在」という瞬間に縛られています。山田正紀は、この人間の存在に内在する時間的な拘束を、異世界のキャラクターたちや幻想的な設定を通じて浮き彫りにしようとしています。こうしたテーマは、ただのファンタジーの枠を超え、哲学的・存在論的な問いかけとして読者に響くものがあります。

3. 異世界と現実の境界の曖昧さの深化

「神獣聖戦 I」では、異世界と現実が交錯し、キャラクターたちがその間を行き来することで新たな視点や価値観を獲得していました。しかし、「神獣聖戦 II」では、異世界と現実の境界がさらに曖昧になっています。例えば、「鶫(つぐみ)」のように、現実と幻想の境界が曖昧になるエピソードも増えており、物語が進むにつれて読者にとってもどちらが現実でどちらが幻想かがわからなくなっていくような構成になっています。

この曖昧さの深化は、作品のテーマとして「幻想」だけでなく「現実そのものの曖昧さ」を問い直す意図があると考えられます。山田正紀は、読者に異世界の存在や幻想が単なるファンタジーではなく、現実の一部である可能性を提示することで、現実とは何か、私たちが見ている世界は本当に現実なのかというメタ的な疑問を喚起させています。

4. シリーズ全体としての進化

「神獣聖戦」シリーズが持つ魅力は、各短編が独立していながらも、全体として一つの壮大なテーマを追求している点にあります。前作「幻想の誕生」では、異世界や神獣といった幻想的な存在が現実に影響を及ぼす様子を描き、幻想の力が人間の運命を左右する可能性を提示しました。しかし、本作「時間牢に繋がれて」では、時間という新たな制約が物語の中心に据えられ、幻想や異世界の概念がさらに複雑化し、深化しています。

こうしたシリーズの進化は、山田正紀が単なるSFファンタジー作家ではなく、時間や存在の根源に対する哲学的な問いを投げかける作家であることを示しています。シリーズを通して、山田は読者に「異世界」や「神獣」といったファンタジー要素だけでなく、人間が時間に囚われた存在であること、その時間からの解放がいかに難しいかというテーマを問いかけているのです。

5. 「神獣聖戦」シリーズにおけるメタファーとテーマ

「神獣聖戦」シリーズには、多くのメタファーが隠されています。特に「時間牢」や「エターナル・トライアングル」といった象徴的な設定は、人間の心の内にある制約や、自己の存在に対する疑問を表していると考えられます。山田正紀はこれらのメタファーを通じて、私たちが日常で見落としがちな「時間」や「現実の曖昧さ」といったテーマを作品に反映させています。

前作が「幻想の力とその影響」をテーマにしていたのに対し、本作では「時間と存在の拘束」がテーマとなっており、より一層深い人間の存在に対する考察が加えられています。このテーマの深化は、シリーズが進むにつれてさらに展開され、最終的に「神獣聖戦」という作品全体が、単なるSFファンタジーではなく、時間と存在に対する壮大な問いとして完成していくことでしょう。

まとめ:時間と存在の拘束を超えた「神獣聖戦 II」

「神獣聖戦 II <時間牢に繋がれて>」は、前作の「幻想の誕生」に続き、現実と幻想、時間と存在というテーマを深く掘り下げた作品です。本作では、時間という新たな制約が加わり、登場人物たちはさらに複雑な時空の中で自己の存在を問い直すことを余儀なくされます。

山田正紀が提示する「時間と存在の牢獄」からの解放が、読者にとっても大きなテーマとして残ることでしょう。「神獣聖戦 II」は、その壮大な問いの一環として、読者に新たな視点を与える作品です。

文庫・再刊情報

叢書徳間文庫
出版社徳間書店
発行日1989/02/15
装幀 佐竹美保、丸山浩伸