叢書 | TOKUMA NOVELS |
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出版社 | 徳間書店 |
発行日 | 1986/01/31 |
装幀 | 竹上正明、矢島高光 |
収録作品
- 落日の恋人
- 蝗身重く横たわる
- 鯨夢!鯨夢!
- 神獣聖戦13
内容紹介
人類の臨界点を超えて
山田正紀の代表作「神獣聖戦」シリーズの重要な転換点となった連作集『神獣聖戦III 鯨夢!鯨夢!』。本作は、これまでのシリーズの基調であった鏡人=狂人(M・M)と悪魔憑き(デモノマニア)の対立構造から、より広大な視座へとシリーズを導く、極めて重要な作品集となっています。
収録された4編の短編は、それぞれが独立した物語でありながら、人類の存在そのものを問う深遠なテーマで緩やかに結ばれています。本稿では、各作品の詳細な解説と、本連作集の持つ意義について考察していきます。
各作品解説
1. 「落日の恋人」──スパイ活劇から異世界への跳躍
あらすじ
元ソ連のスパイ、レフ・アルバキンが主人公のこの物語は、「恋人」シリーズの最終作として位置づけられます。関口真理、勢子規子との共同作戦で、牧村孝二の救出作戦に挑むアルバキン。しかし、彼らを待ち受けていたのは、異世界と化した丹沢の基地でした。
見どころ
本作の特筆すべき点は、スーパー・キャット「ニーチェ」の活躍です。前作までのシリーズとの連続性を最も強く持つ作品として、従来のファンにとって重要な架け橋となっています。
作品分析
物語は一見、スパイアクションの装いを持ちながら、徐々に異世界の様相を帯びていきます。アルバキンという人物を通じて描かれる「人間の限界」というテーマは、本連作集全体を貫く重要な要素となっています。
2. 「蝗身(いなご)重く横たわる」──時間と存在の果てに
あらすじ
プロメテウス星系の惑星シジフォスを舞台に、人類最後の切り札である超レーダー"八頭"をめぐる物語が展開されます。中立機関から派遣された時間剥製者"くろの"が、悪魔憑き(デモノマニア)の攻撃を逃れて基地にたどり着くものの、"八頭"は基地内に"敵"の存在を告げます。
見どころ
タオの原理や八卦による超科学的な設定と、人類の無力感が見事に調和した作品です。「時間牢に繋がれて」との設定的な共通点を持ちながら、より深い絶望感を描き出すことに成功しています。
作品分析
"千年戦争"という設定を通じて、人類の存続そのものを問う問題提起がなされています。中立機関の変質という設定も、人類社会の根幹が揺らぐ様を象徴的に表現しています。
3. 「鯨夢!鯨夢!」──表題作が示す新たな地平
あらすじ
"鶫"研究所の突然の消失と、それに続いて広がる"湘南症候群"の謎に迫る物語。人体生理学者たちが調査に向かう中で、世界そのものが変質していく様子が描かれます。
見どころ
本作は、従来のシリーズの対立構図を大きく転換させた画期的な作品です。"大いなる疲労の告知者"が直接的に描かれることで、より本質的な人類の危機が浮き彫りになっています。
作品分析
"人類"vs"大いなる疲労の告知者"という新たな構図は、後の『魔術師』や「神獣聖戦13」へと継承される重要な転換点となっています。現実が溶解していく様子の描写は、本作の白眉といえます。
4. 「神獣聖戦13」──メタフィクションが開く新たな扉
あらすじ
精神を病む"わたし"の病室に訪れる"彼"が語る、鏡人=狂人とデモノマニアをめぐる物語。これまでの神獣聖戦の物語が、新たな視点から再構築されていきます。
見どころ
本作は、シリーズの集大成でありながら、同時にそれを解体する試みとしても読むことができます。メタフィクション的な手法によって、作品世界の持つ意味そのものを問い直しています。
作品分析
"現実"と"虚構"の境界線を曖昧にすることで、これまでのシリーズが築き上げてきた世界観に新たな解釈の可能性を開いています。
とはいえこの短編は、のちの「おとり捜査官」シリーズの第五巻と同じような結末にしています。というより、「おとり捜査官」シリーズの第五巻を読んだ時に、この短編を思い出したと言ったほうが正確でしょう。緻密に連綿と紡いできた物語を作者自ら最後に完全にうっちゃってしまう透かし方に同じものを感じたのです。
方や物語にリアリティを持てなくなった、方や反響の少なさにやる気をなくした、となんとも残念な作者の思惑の結果なのですが、それぞれのアクロバティックな決着の付け方のテクニックにニヤリとしたのも事実。双方とも意外にも好きな作品ではあります。
このシリーズは後年、「神獣聖戦 Perfect Edition」としてきっちり落とし前をつけています。「おとり捜査官」第五巻も完全新作として発刊が決まっています(随分と遅れていますが)。
本連作集の意義
『神獣聖戦III 鯨夢!鯨夢!』は、単なる短編集以上の重要な意味を持っています。各作品は、それぞれ異なるアプローチで「人類の限界」という主題に迫っており、シリーズ全体の方向性を大きく転換させる転轍点となりました。
特に注目すべきは以下の点です:
- 従来の対立構図からの脱却
- メタフィクション的手法の導入
- より広い視野からの人類観の提示
- 現実と虚構の境界線の再定義
まとめ
本連作集は、SFの形式を借りながら、人類の存在そのものを問う哲学的な問題提起を行っています。従来のファンにとっては挑戦的な内容かもしれませんが、それこそが本作の真価といえるでしょう。
形式的な実験性と思想的な深みを両立させた本作は、日本SF界における重要な転換点として、現在も多くの読者に影響を与え続けています。
蛇足的に残念な点を挙げれば、この作品は文庫化されていないということです。伊藤 昭氏の解説の最終版を読みたかった。