幼虫戦線1ーバビロン・プロジェクトー

叢書C☆NOVELS
出版社中央公論社
発行日1995/06/25
装幀小島文美

内容紹介

幼虫が蠢くSFホラーの序章

作品の概要と背景

山田正紀の「幼虫戦線(デリヴィルス・ウォーズ)1 バビロン・プロジェクト」は、1995年に中央公論社から刊行されたC・NOVELSの一冊で、全4巻で中断された未完のシリーズの幕開けです。この作品は、1991年の湾岸戦争と1995年の東京を舞台に、現実と仮想空間が交錯するSFホラーとして展開されます。物語は、湾岸戦争に従軍中のハーンズ少尉が砂漠で遭遇した禍々しい建造物から始まり、そこで解き放たれた「邪悪の種子」が4年後の東京で奇怪な事件を引き起こすという構図で描かれます。

具体的には、東京で子供たちが巨大な何かに食いちぎられたような死体で発見され、現場に残された「Delivirus」という血文字が謎を深めます。生き残った少年と少女を保護するサイコセラピストと、事件を追う刑事たちの視点を通じて、電子環境で誕生した「デリヴィルス」という存在が姿を現し、人類との戦いが始まる様子が描かれています。シリーズは「バビロン・プロジェクト」「妖虫、めざめる」「ヘル・パラダイス」「分岐点」の4巻で途絶え、未完のまま現在に至っています。

物語の魅力とテーマ

「幼虫戦線」の最大の魅力は、山田正紀が得意とする「現実と幻想の境界の破壊」を鮮やかに描き出した点にあります。冒頭の湾岸戦争でハーンズ少尉が遭遇する建造物は、現実世界に不穏な異物を挿入する契機となり、そこから派生するデリヴィルスは、仮想空間から実体化する存在として人類を脅かします。この設定は、当時流行していたコンピュータウィルスの脅威を背景に持ちつつ、金融派生商品(デリヴァティブ)をウィルス化するという独自の発想を加えたもの。コンピュータネットワークに神や悪魔が寄生するという理由付けを経済と神話的解釈で補強し、説得力を持たせています。

文体と描写の力

本作の描写は、緻密かつ迫力に満ちており、非現実的な設定にリアリティを与えています。例えば、デリヴィルスがコンピュータモニターから実体化して人間を襲う場面は、論理的には無理があるはずなのに、読者にその不条理さを感じさせません。これは、山田の文章力が存分に発揮された部分です。また、東京での惨殺事件や、現場で心を閉ざした美少年と彼を気遣うサイコセラピストの関係性など、人間ドラマも丁寧に織り込まれ、ホラーとサスペンスの緊張感を高めています。

個人的な感想と締めくくり

私自身、この作品を読んで感じたのは、山田正紀が描く世界の「不気味な魅力」です。デリヴィルスという存在は、単なる怪物ではなく、人間の技術や経済活動が生み出した影の化身とも解釈でき、その点で現代的なテーマを先取りしていたように思います。未完であるがゆえに、物語の終着点を知りたいという欲求は残りますが、逆にその未完さが読者に問いを投げかける力を持っているとも感じます。SFとホラーを愛する読者にとって、「幼虫戦線」は間違いなく探索する価値のある一冊です。山田正紀の筆が再びこのシリーズに戻る日を願いつつ、現時点ではこの序章を楽しむしかないのかもしれません。