
叢書 | NON NOVEL |
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出版社 | 祥伝社 |
発行日 | 1986/11/30 |
装幀 | 安田忠幸、大林真理子 |
内容紹介
山田正紀の『謀殺の弾丸特急』は、東南アジアの架空の小国アンダカムを舞台にした冒険小説です。その物語の舞台となるのは、蒸気機関車C57(愛称“黒い貴婦人”)が牽引する観光ツアー列車。日本から参加した8名の観光団が、のどかな国際的観光ツアーを楽しむはずだった旅は、一瞬で生死の境をさまよう過酷な逃避行へと変貌を遂げます。
参加者は、添乗員の晶子をはじめ、元国鉄職員の横山、新婚夫婦の寺本夫婦、旅慣れた老婆・佳美、学生の佐野、かつてアンダカムに駐在経験のある技術者・及川、そしてジャーナリストの大塚の8名。いずれも「普通の」日本人観光客で、特別な任務や使命を帯びているわけではありません。目的は、SLツアーを満喫することにありました。
ところが、彼らを待ち受けていたのは想像を超える状況でした。国軍による激しい銃撃が突然、観光客たちを襲います。理由もわからないまま、SLが敷かれた鉄路を頼りに、彼らは逃走を図るのです。観光団は、必死にアンダカム国境を突破し、隣国タイへと辿り着くことを目指します。
全員、軍事的な訓練を受けたわけでもなく、特別な装備も整えていません。それにもかかわらず、走行中のC57が牽く列車の中で、彼らは命がけの逃避行を繰り広げます。本来の観光目的から大きく逸脱した極限状況で、一行は生き残るため、互いの存在価値を見つめ直し、一体感を醸成しながら、国境越えの挑戦を続けていきます。
物語の中核を成す蒸気機関車C57の存在が際立っています。"黒い貴婦人"という愛称を持つこのSLは、日本の鉄道史を彩る名機であり、その力強い走行シーンは読者の想像力を掻き立て、物語に独特のロマンティシズムを付与しています。単なる移動手段ではなく、希望の象徴、そして生き残るための武器として機能するC57は、まさに本作のもう一人の主人公と言えるでしょう。
舞台となるアンダカムという架空の東南アジア小国も、物語に深みを与えています。政情不安定なこの国で巻き起こるクーデター、そして日本人観光客への理不尽な攻撃は、国際情勢の複雑さと人間の脆さを浮き彫りにします。同時に、異国の地で危機に直面したことで、登場人物たちの内面も変化していきます。日常から切り離された極限状態の中で、彼らはそれぞれの過去やトラウマと向き合い、真の強さを身につけていくのです。
添乗員の晶子は、当初はパニックに陥るものの、次第にリーダーシップを発揮し、一行をまとめ上げていきます。元国鉄職員の横山は、C57の運転技術を駆使して幾度も危機を脱し、一行の希望となります。新婚旅行中の寺本夫婦は、互いを支え合うことで絆を深め、過酷な状況を乗り越えていきます。旅行好きの老婆・佳美は、年齢を感じさせない行動力と機転で一行を助けます。学生の佐野は、未熟ながらも勇気を振り絞り、成長を遂げていきます。元アンダカム駐在の技術者・及川は、現地の知識と経験を活かし、一行の生存に貢献します。そしてジャーナリストの大塚は、冷静な観察力と分析力で状況を把握し、一行を導きます。
このように、それぞれの登場人物が個性と役割を持っており、彼らの相互作用が物語に厚みを与えています。緊迫した状況下での人間ドラマ、そして彼らが織りなす群像劇こそが、本作最大の魅力と言えるでしょう。
また、C57の運転技術、アンダカムの地理や政治状況、武器や戦闘に関する描写など、細部に至るまでリアリティが追求されている点も注目に値します。作者の綿密な取材と構成力によって、読者はまるで現場にいるかのような臨場感を味わうことができます。
『謀殺の弾丸特急』は、優れた冒険小説であると同時に、人間ドラマ、社会派サスペンス、そしてロマン溢れる鉄道物語の要素を併せ持つ、エンターテイメントの傑作です。手に汗握る展開、個性豊かな登場人物、そして力強いメッセージ性。未読の方はぜひ、このスリリングな旅路を体感してください。
より深く作品を読み解くためのポイント
- C57という象徴
- 単なる乗り物ではなく、希望、生命力、そして日本の技術力の象徴として描かれるC57。その存在が物語に与える影響を読み解くことで、より深く作品を理解できるでしょう。
- 極限状態における人間ドラマ
- 危機的状況下でこそ露わになる人間の真の姿。登場人物たちの変化、成長、そして葛藤に注目することで、人間の本質について考えさせられます。
- 国際情勢と個人の運命
- 政情不安定なアンダカムを舞台に、国際情勢の複雑さと個人の運命の儚さが描かれています。グローバル化が進む現代社会において、改めて国家と個人の関係性について考えさせられる作品でもあります。
- エンターテイメントとしての完成度
- 緻密なプロット、個性的なキャラクター、そして手に汗握るアクションシーン。純粋なエンターテイメント作品として、読者を飽きさせない工夫が凝らされています。
『謀殺の弾丸特急』は、時代を超えて愛される名作であり、冒険小説の金字塔と言えるでしょう。未読の方はもちろん、既に読んだ方も、改めてこの傑作に触れてみてはいかがでしょうか。
文庫・再刊情報

叢書 | 徳間文庫 |
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出版社 | 徳間書店 |
発行日 | 1999/10/15 |
装幀 | 大矢正和、池田雄一 |